No.82実は私、小説も書いてます❗その17

 戦争が終わって76年経ちました。今は亡き母は10歳で、父は14日歳で終戦を迎えています。戦争を経験した両親は、贅沢なことは一つもせず、倹約と節約を重ね、慎ましやかな生活と生き方のまま、八十数年の一生を終えました。

 お金を使ったとするならば、私と妹の学費ぐらいです。そういう生き方は、戦争を経験した年代の人たちには多いのではないでしょうか。

 食べるものも充分になく、生きるか死ぬかという危険がすぐ近くにあった子ども時代を過ごした年代の方々には、多かれ少なかれあり得ることだと私は思います。

 父は、終戦の年に中学3年生で、卒業したら特攻隊に志願すべく準備を整えていたのだと、生前よく話してくれました。

 「特攻隊」・・特別攻撃隊です。どこが特別かというと、「お国のために命を捨てる覚悟で、片道のガソリンしか乗せていない零戦闘機で出発し、敵艦か空母に突撃して死ぬ使命だから」です。

 父は、戦争中の9年間の義務教育の成果で(もちろん皮肉で言っています!)、そういう考えを疑いもしないように育っていた少年の一人でした。

 ところが1945年8月15日に戦争は終わりました。父の誕生日は8月31日で、まだ15歳になっておらず、(幸運にも)特攻隊入隊の日を迎えることができませんでした。

 だから、私がここにいます。生きています。私の子どもたちも生きています。3人の孫たちも生きているのです。

 戦争をせずに日本は76年平和に過ごすことができました。しかし、これからどうかはわかりません。もしかしたら、戦争への道を知らぬ間に進み始めているかもしれません。

 両親も祖父母も言っていました。「戦争はいつの間にか始まってたんだよ。何か変だ・・と思っているうちに知らない間にね。」と。

 油断してはいけないと私は思います。今の社会や政治の流れが、絶対に戦争に繋がっていかないよう、目と耳を敏感にしておかなければならないと、私は自分に言い聞かせています。

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 話は変わりますが、私の読書は方法は特殊で、そのことは以前、ブログのNo.14~No.16「私の読書は作家ローラー読み❗」でもお話ししました。

 「気に入った一人の作家の作品を片っ端から読む」・・というやり方です。今までにこのやり方で読み尽くした(大袈裟ですが、詳しくは私のブログをご覧ください)作家群の一部を列挙してみます。

 読書遍歴を公にするということは、「自分の頭の中を白日のもとにさらす」・・ということにもなるので、まぁまぁかなり恥ずかしいことではありますが、それ以上に、こうして文章にすることが楽しいので書いてしまいます(笑)😄。

 この約30年間なら、・宮部みゆき貴志祐介宮本輝高樹のぶ子小池真理子渡辺淳一大崎善生白石一文篠田節子松本清張小松左京村上龍辻仁成原田マハ平野啓一郎など。

 小説以外なら、・黒川伊保子中野信子酒井順子吉田修一なども次から次と読みました。

 「作家ローラー読み」なので、私の家の本棚は、書店のように(言い過ぎ(笑))、作家ごとに並んでいます。ここまで整頓できたのは最近ですが、なかなかに楽しい作業でした😁。

 そこで、最近、新しい作家(有名な方なので、今さら・・と思われるでしょうが)が増えたんです❗今、作品を夢中で読んでいます。

 その人は角田光代さんです。今までにも、小説なら「対岸の彼女」「八日目の蝉」「紙の月」「坂の途中の家」「私の中の彼女」「だれかのいとしいひと」を読みました。

 しかし、今まではも一つピンと来なかったのです(大作家に失礼極まりない、すみません)。ところが、コロナ禍でいつ旅行に行けるかわからない(この旅行好きの私が)、この夏はお盆の帰省も諦めた、そういう時期に誰かの旅行記を読んでみたくなるのは、さもありなんと言うところ(笑)。

 そんな時、夫の書棚を漁って(夫は、旅行記だけでも本屋が開けるほどの蔵書があります(笑)💦)、偶然見つけたのが、彼女の『世界中で迷子になって』というエッセイだったのです!

 半分は、旅行記。あとの半分は、テーマを決めた彼女のエッセイです。この本が実に面白い❗私は自分より年下の作家の作品に夢中になることはあまりないのですが(何様?って感じ(笑))、本当に魅力的な文章なんです😆🎵🎵

 読み終わるのが惜しくなるくらい楽しい読書を、彼女に提供してもらっています🙋。ストーリーを辿る読み方だともっと3倍ほど早く読めるのですが、彼女の言葉と文章を味わいながらゆっくり読んでいます😃。

 一言では言えませんが、「小気味いい」のです!読後感も爽やか❗🍏、シンパシーも感じる❗🍈元気の出る本です❗🍍彼女が私の今年の夏に、爽やかな風を吹かせてくれたのは確かです🍹。

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 それでは今回も、私の小説「刹那~襟子」の続きをお楽しみください。いよいよクライマックスです😆🎵。

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    「刹那~襟子」 第四章 『濃厚接触

 彼の咳は一端収まったが、それから数分後、立て続けに出だした。肺の奥から絞り出すような、気管の壁にへばりついた異物をこそげ落とすような苦しげな咳は、彼が自らの手や服の袖で口を押さえても、執拗に収まる様子を見せなかった。

 冷や汗を流しているかのように(襟子からは見えないが)うろたえている彼の後ろで、他の乗客はそれ以上に冷静さを欠いていった。

 

 感染したら重症化のリスクが高い老人は、妻に見せる人形を取りに帰ったために、いつものバスより一つ後のバスに乗ってしまったことを後悔しながら、マスクの上からハンカチを当て、前の座席の後ろにうずくまった。

 若い母親は、幼い子どもを膝に抱き、自らの鞄で子どもの顔を覆った。子どもが苦しがってぐずる声がかすかに聞こえてくる。幼い子どもにとって、マスクさえ本当はイヤでたまらないはずだ。ぐずる声が泣き声に変わりかける。

 

 突然、若者の二つ後ろの席に座っていた中年の女性が立ち上がった。襟子は、バスの揺れに耐えつつ、右に揺れ、左に揺れながら若者の方に行こうとする女性に目が釘付けになる。

 他の乗客もその様子を凝視しているのが、後ろにいながら襟子からは、はっきり見えた。

 若者の近くまで来たその女性は、静かに彼に話しかけた。

「咳が苦しそうだね。マスクをあげるから、してくれる?」

どうやら、余分に持っていたマスクを若者に渡そうとしているようである。襟子は、固唾を飲んでその成り行きを注視する。

「私の娘が看護師でね。コロナ専門病院に勤めているから、家族を気遣って帰って来ずに病院に寝泊まりしているの。もう1ヶ月になるわ。できるだけ気をつけないとね。」

女性は、ゆっくりとそう話しかけながら、ビニールに入った真っ白なマスクを差し出した。

(あぁ、この人の娘さんも最前線で奮闘してくれている医療従事者なんだ。可哀想に1ヶ月も帰っていないなんて・・。)

 何度もテレビのニュースで見た修羅場のような病院の様子を思い、襟子は胸が痛んだ。その人の向かってさんに手を合わせて拝みたいくらいだった。

 ・・と同時に、そんな医療従事者に対する心ない差別があるというニュースも思い出した。こういう危機的な状況に置かれると、特に人間の浅ましい自己中心的言動が、醜いエゴが、残念ながら表出してしまうことがある。

 自分がもし患者になったら・・などという、幼稚園児でも可能な、常識レベル以下の想像力さえ欠如している人がいるのだ。なんて情けないことだろう。

 

 うつむいていた若者は、しばらく顔を上げなかったが、女性がなかなか去っていかないのにじれたのか、とうとう顔を上げた。

「おばさん、話しかけるなよ!黙っている分には大丈夫だろ!そうやって話しかけるのが迷惑なんだよ!」

乗客は、息を飲んで成り行きに耳を澄ます。運転手の肩がピクリと動いたのが、襟子にははっきりと見えた。

「だってあなた、咳き込んでるじゃないの!」

「うるせぇんだよ❗」

 あろうかとか若者は女性を突き飛ばし、動いているバスの中でバランスを失った女性は、何かにすがる間もなく空をつかんだまま、あっけなく転んでしまった。

 襟子は、自分でも信じられないような速さでその女性に駆け寄る。・・と同時に、中ほどに座ったいた会社員のうちの一人が、襟子の横をすり抜けて、その若者の方に走っていくのを見た。

「お前、何やってんだよ!」

会社員の男性が若者の襟首を掴む(襟子にはそう見えたが、実際には詰め寄っただけかもしれない)。その刹那、若者人が今度は会社員を無言で突き飛ばしたのだ。

 しかし、大柄な会社員は体のバランスを崩しはしたが転ぶことはなく、逆に若者を座席から引きずり出した。若者は会社員の手を振り払おうとしてむやみに手を振り回す。それはまるで、小学生が親に怒られて暴れる時のようだった。

 

 襟子は、中年女性の体を支えながら、この光景、何かで見たことがある・・と考えていた。外国のニュースだったか。場面も状況も異なるが、マスクをめぐるトラブルという点は同じだったような気がする。確か、最後は殴り合いのケンカになり、バス自体が危険な状態になったはずだ。

「うわぁー❗」

声にならない声がバス中に響き、あちこちで悲鳴があがった。 

「お客さん!やめてください!座ってください!」

運転手の声が空しく響き渡り、会社員によって引きずり出された若者が、バスの床でのたうち回っていた。

 その時、押さえる二人の男性の腕の隙間から、若者の顔が見えた。若者は、顔を歪めて嗚咽していた。苦しそうに悲しそうに泣いていたのだ。涙はバスの床にまでこぼれて、小さな模様を作っていた。

 襟子は、興奮した気持ちが一気に冷えて、冷静さを取り戻すのを感じていた。

 バスは、慎重に、しかし急激に速度を落とし、バス停ではない路肩に急停車した。バスには緊急時の通報マニュアルがあり、運転手はそのボタンを押したと見えて、パトカーのでサイレンはもうすぐ近くに聞こえる。

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 今回は、ここまでにさせてください。私の小説もラストに近づいてきました。執筆した期間は約2ヶ月、一気に打ち出したものですが、内容の中には10年以上前に一度打ち出した部分を改訂したところもあります。

 第四章は、コロナ禍が背景にあるので、2年前から書き出した部分です。そして、それまでの章と合わせてオムニバス風にまとめ、昨年の9月末日に、あるコンクールに出品したものです。

 この2年、様々なことがありました。私の個人的な生活は大きく変わりました。しかし、社会はずっとコロナ禍です。そして、新規感染者数は、今まさに過去最多の危機的状態です💦💦💦。

 ある有識者は、「災害レベルだ」と言っていました。誰が感染してもおかしくない状況の中で、私は怖くてたまりません。

 個人的にも、社会的にも、今なんとしても感染を回避したいのです(もちろん誰でもかかりたくないですよね💦)。

 旅行はもちろんのこと、帰省も諦めました。・・かと言って、いつまでも家にとじ込もっているわけにもいきません。お盆休みが終われば仕事もあります。

 福井県が100人を収容できる大規模コロナ療養センターを作ったそうです。やる気になればできるじゃないですか!スペースだけでなく、医療従事者の確保もできているそうですよ❗

 人口やスペースや医療従事者数など、地方自治体によって状況は様々でしょうが、「手の打ちようがない(厚労省の誰かの弁らしい)」などとギブアップしている暇があったら、場所の確保に走ってもらいたいと私は思います。

 東京の現状は、次のどこかの未来図(もちろん遠い未来ではなく明日かもしれない)でしょう。悪い例は同じ轍を踏まないように、よい例は参考にするだけでなく取り入れて、なんとか改善策を1日も早く実践してほしいと思います。

芹沢マリリンでした🎵