No.84実は私、小説も書いてます❗その19

 皆さまお元気ですか?コロナの新規感染者数は毎日過去最多を繰り返し、重症者の数もわかっているだけで二千人に近づいています。

 東京都を始め、大都市では医療現場が逼迫し、世界的にも安全なはずの日本で、入院できずに自宅でなくなる方々が出ています。

 昨日は、五十代の男性を高齢の両親が見送る・・という、今まであまりなかった構図の、悲惨な状況が報道されていました。

 まだまだ若く未来のあるはずのその患者さんは、今の逼迫した医療現場の様子でなかったら助かった命かもしれません。

 ニュースの画面で、医師の問いかけに「はい。」と、それでもしっかり答えておられた患者さんが、受け入れてくれる病院がなかなか見つからなかったために救急車からまた自宅に戻され、次の日、ようやく見つかった病院で亡くなってしまう・・そんなことが今の日本で起こっているのです。

 訪問医師の方や、救急隊員の方の、なんとも言えない辛そうな様子にも、私は涙がこぼれてしまいました。

 これが文明国日本、先進国日本、オリンピック・パラリンピックを開催できる力のある日本という国の首都東京での現実です。

 とにかく早く、できることは何でもやってほしいと思います。どんなことをやるべきなのかは、今まで何度も語ってきました。1市民として私にできることは少ないですが、感染しない、感染させないためにできることは何でもやっていこうと思っています。

 政府が、この2年間の政策の誤りや失敗をきちんと総括し、そこから導かれる正しい政策に則って、次に訪れるかもしれないパンデミックにしっかり備えるようになるのは、いったいいつまで待てばいいのでしょうか。

 医療機関や医療従事者の充実、保健所の人員配置と規模の拡大、医療研究機関のワクチン研究への推進対策と援助などは、今の状態が落ち着いてからでなく、すぐにでも始めてもらいたいと思います。今までしてきたように、こういうところの予算を減らすことは、今後はあってはならないことです。

 またその前に、このコロナ禍で被害を受けたち行かなくなった事業者への援助も必要です。

 

 マスクをはずして、仲間と楽しく語り合える日々、大好きな海外旅行に自由に行ける日々は、いったいいつになったら訪れるのでしょうか・・。

 

 

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 それでは、今回が最終回になるかもしれませんが、私の小説、「刹那~襟子」をお楽しみください🙋。

 

 「刹那~襟子」 第四章『濃厚接触』続き

 まるで胸を鋭利なナイフでえぐられたような強烈な痛みだ。襟子はそのまま湯船の中に落ち込むしかなかった。胸を押さえ、うずくまって痛みを逃がそうとしたが徒労に終わり、次に襲ってきた症状に襟子は一瞬にして平静を失った。

(息が、息ができない・・。)

襟子は命の危険を感じた。

(落ち着け、落ち着け!)

我が身を必死で励ます。

 混乱して、激しく早い息をしようとした襟子は、全く空気が入ってこないのを感じて血の気を失った。このまま息ができないままなら確実に自分は死ぬ。呼吸困難で1、2分で死ぬ❗

 ・・襟子は冷静に小さな浅い息を意識的にしようと試みた。まだ死ぬわけにはいかない!死にたくない!

 かすかに空気が入ってきた。肺に送られた空気が、微々たる酸素を体に送ろうと四苦八苦しているのを感じる。しかし、それは充分ではなく、胸の痛みも取れなかった・・。

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 コロナに感染して肺炎になり、呼吸が満足にできなくて酸素吸入を受けたり、人口呼吸器につながれた患者の映像をニュースで何度も見た。

 その時は(苦しそうだなぁ、息が吸えないなんてどんなに辛いだろう・・。)とは思ったが、そんなものではなかったことを、襟子は我が身で知ることになったのだ。

 水のないプールで溺れるような、空気のない宇宙空間に放り出されたような、いかんともしがたいこの苦しさ・・、肺がしぼんだままで空気を取り入れられずに、へこんで上下が密着した水風船のようになったままなのを、襟子は悪魔に掴まれた胸の強烈な痛みで知ることになる。

 (私は患者の苦しさを何もわかっていなかった。この苦しさが何日も続くなんて・・。治るかどうかわからない、死ぬかも知れない恐ろしい不安の中で、ただ空気を酸素を欲している辛さなんて、何一つわかっていなかった・・。)

 意識が朦朧としながらも、ここで失神するわけにはいかないと、襟子は確かに感じる痛みにすがるのだった。痛みを感じている間は私は生きられる。もしも気を失ったら、本当に危ない!

(2階にいる夫に知らせなくては。)

 心臓発作、くも膜下出血心筋梗塞パニック障害・・同年代の友人知人が罹患した(または急死した)病気の名前が襟子の脳裏に浮かぶ。

(いやだ!死にたくない!)

叫ぼうとしたが、いや叫んだつもりだったが、喉が痺れて声が出ない!それでも襟子はあちこちに体をぶつけながら湯船から何とか這い上がり、浴室の外に出ようとした。

 肺には、相変わらず普段の十分の一ほどの空気しか入ってこない。それでも、襟子は冷静に小刻みな呼吸をなんとか繰り返しながら、肺をなだめすかして動かそうとする。

 その時、自分の手足を見て、襟子はわが目を疑う。襟子の両手の指は、奇妙に外側に反り返って曲がり、まるでよく絵で見る魔女の指のように引きつりながら空を掴んでいたのだ。

 そして、更に驚いたのは、中指と薬指の形状だった。それらは、自然にはしようと思っても決してできない異様な形で絡み合っていたのだ。

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 襟子は肘で浴室のドアを押し開け、立ち上がろうとした。ところが、襟子の両足の指は一様に内側に歪み、自分の意志では押してもできない様相を呈して、土踏まずの方に折れ曲がっていたのである。

(死ぬかも知れない・・。)

 「死」は、やはり近くにあった。今まさに自分も、その暗い穴の中に引きずり込まれようとしている。自分の意思に反して。

 心身ともに健康で、普通の生活を営んでいるはずの自分にとっては、遠い存在であるはずの「死」が、やはり気付かないうちに、すぐ近くで時期を待ちながらじっと息を潜めて存在していたのだ。✨✨✨✨✨✨✨

 襟子は死にたくなかった。生きていたかった。生きてやりたいことがまだまだあった。

(死にたくない!生きたい!)

 声にならない声を絞り出しながら、襟子は壁を叩いた。自由にならない手を手首からそのまま壁に叩きつけて、裸のまま廊下に這い出した。

 ただならぬ物音に驚いて、階段を駆け下りてくる夫の足音を耳に間遠に感じながら、今まで意思に反して固く反り返っていた自分の体が、ようやく弛緩していくのを、襟子は深い息をしながら実感していた。

(助かった・・。) 

 襟子の目尻に涙が溢れた。温かいバスタオルでくるまれ、夫に何度も声をかけられて、襟子は生きている実感が胸いっぱいに溢れるのを静かに甘く味わっていた。

 

 時に「死」を近くに感じ、寧ろ「死」に取り込まれそうになっていた自分。一瞬の違いで「死」をすり抜けて来たと思っていた自分。刹那の運命の波に否応なく流されていくのを遠くで傍観していたかのような、自分の意思を持たない自分・・。

 襟子は、自分というものをそう捉えていたのかもしれない。しかし、それは鏡に写った虚像だった。「死」を思うことは「生」を思うこと。「死」を考えることは「生」を考えることなのだ。

 襟子は生きたかった。生々しく傷ついても、醜く汚れても、それでも生きていたかった。襟子は誰よりも「生」に執着していたのだ。

 何が起こるかわからないこの世界で、生きている人たちそれぞれの生き方が、生々しく交差し影響し合う、そんな刹那の集合体の中で、それでも襟子は生きていくだろう。したたかにしなやかに、彼女はこれからも生きていくのだろう。

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 しばらくして呼吸も落ち着き、頬に赤みも差してきた襟子は、綺麗にマニキュアを施し、手入れの行き届いた自らの指を見つめた。それはもう魔女のそれではなく、紛れもない襟子の指だった。

 襟子は愛おしい自分の体を自分で抱き締める。この十数分間をリセットするように、襟子は再び立ち上がった。足の裏がしっかり床を掴んでいる。夫は心配して言葉をかけたが、襟子の力の戻った瞳と笑顔を見てそれ以上は止めなかった。

 思いっきり熱いシャワーを浴び、長い髪をその飛沫の中で何度も手櫛ですいて、襟子の頭はたちまち鮮明になった。口を開けてシャワーを浴び、少し咳き込んだが、頭を上げると気持ちが引き締まった。

 上目遣いから顎を挙げて視線を下げた、鋭い目をした自分が、鏡の中でかすかに唇の端を引き上げる。力の戻った瞳が、鏡のだ中から不敵な笑みを浮かべている。

 襟子はふと、唇の端に赤い点を見つけた。少し噛んでしまっていたらしい。苦い血の味がかすかにしたが、襟子はそれをごくりと飲み込むのだった・・。

                  fin

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 とうとう私の小説「刹那~襟子」のアップを終えてしまいました❗今までブログ19回に分けてアップしてきました。途中から読まれた方は、よろしかったら最初から読み直していただけたらありがたいです😭。

 今はほっとしたような淋しいような複雑な気持ちです😅。また何か書きたいことが見つかったら、文字を連ねてみようかなと思います。読んでくださって本当にありがとうございました😆。

 今コロナ禍は前代未聞の危機的状況です💦。どうか皆さま、ご自愛ください❗芹沢マリリンでした🎵