No.24『麒麟がくる』大河ドラマの魅力❗

 予定より5日ほど遅れてやっとNo.24をアップすることができました。故郷から京都の自宅へ帰って来て、47日ぶりに家族と過ごしていたためです🙋。

 さて、今回のテーマは、NHK大河ドラマです。ただし、このテーマに関してはNHKはもちろんのこと、たくさんの出版社が本を出しているので、同じような内容を取り上げるつもりはありません。

 私独自の視点で分析を試みてみようと思います。いつものように好き放題述べるので、読者の方々が反論等を持たれるかもしれないのは覚悟の上です💦。

 ただ、最初にこれだけは述べさせていただきたいと思います。それは、途中間が抜けた時がありましたが、現在私は、日曜日の放送時間をものすごく楽しみにしているという事実です😄

 

 いつものように骨子を述べます。

1,『麒麟がくる』のハプニング❗

2,『麒麟がくる』のここが好き❗

3,「長谷川博己」の魅力❗

4,NHK大河ドラマのここが好き❗

それでは、お話を始めていきます。

 

1,『麒麟がくる』のハプニング❗

 過去このドラマのように、複数のトラブルに巻き込まれた大河ドラマはなかったのではないでしょうか。第1回がスタートする以前に、またスタートしてすぐに、大きな災難がこのドラマに降りかかりました。

 キャスト、スタッフ、そして製作関係者全ての人たちが、過去のどの大河ドラマより苦労したのではないかと思います。

 

沢尻エリカ事件

 もう既に10回分近くの撮影が終わっていたと言います。織田信長正室帰蝶役という、ラストまで大変重要な役柄の女優に薬物摂取が判明し、突如降板。配役を変更し、撮影し直すという憂き目に遭いました。

 その被害は、監督の「カット!」の声まで精魂込めて演技して、その場面は既に心の中でも終えて、次のシーンへと役作りを進めていたはずの俳優人にとどまりません。

 プロデューサー、監督、ディレクター、音響、照明、大道具、小道具、編集、ヘアメイク、衣装、結髪、宣伝担当、その他数限りないスタッフ、関係者の方々に、本来しなくてもよい苦労をさせ、余分な時間を使わせたのです。

 社会人としてその責任は重大です💦。発覚すればそうなることは予想できたはず。それでも、自らを律し、心を入れ換えることができなかったというのが残念でなりません。薬物というものは本当に恐ろしいと改めて思います😥。

 

 私は彼女のファンの一人なので、彼女の帰蝶を見てみたかった…と思うが故の反応と受け取ってください。戦を決断するか否かの重要な場面で、「お討ちなされませ。」と冷酷に言い放つ帰蝶の演技を、沢尻エリカで見てみたかった…それは本心です🌺。

 川口春奈は、随分若いですが好演しています。彼女にとっては絶好のチャンスなのだから、大いに活かしてほしいと思っています🌼。

 彼女にはシャンプーのCMの、明るくのびのびした動きから注目していました!今後の演技が、楽しみです!特に、「本能寺の変」の場面を楽しみにしています。

 

●コロナ禍

 まさか、こんなことになろうとは…。いったい誰が予想できたでしょう。相手がウイルスですからどうしようもありません。

 「密(私は「今年の漢字」はこれに違いないと4月から言っていました!さて、どうなるでしょうか?)」を避けるため、撮影ができないのです。

 ただでさえ、取り直しがあって大変な負担増なのに、見通しもなく撮影がずれ込むというのは、関係者にとって精神的にもかなりのストレスだったでしょうね😓。

 一面に実った稲穂の黄金の波を撮影するために、スタッフが広大な水田の田植えから準備したと聞きました。撮影時期が違えば、水泡に帰すようなことにもなりかねません。さぞ胃が痛かっただろうと思います。

 また俳優陣は(スタッフもそうですが)、大河だけに出演している訳ではないので、常に大河に優先的に時間を合わせるということはできません。

 他にも仕事があるはずだし、変動する日程との兼ね合いなど、調整にも心を砕いたことでしょう。物理的なことだけでなく、この日程調整というのは、相手がある話なので本当に大変だっただろうと思うのです。

 

 今日は、11月30日、明日から師走です。世間は、コロナ第3波のニュースで持ちきりです。感染者数も重症者数もうなぎ登りで、このまま増え続ければ2度目の「緊急事態宣言」も絵空事ではなくなるかもしれません💥。

 きっと関係者の方々は、戦々恐々としていることでしょう。無事予定通り最終回を迎える日が来ることを祈る思いです。

 

2,『麒麟がくる』のここが好き❗

 さて、ネガティブなことばかり考えていてもなるようにしかなりませんから、次はポジティブな話題に移りましょう!芹沢マリリン的「『麒麟がくる』のここが好き❗」特集を始めます(笑)😄。

 

●「明智光秀」という主人公

→「来年は、誰のドラマか?」というのは、次の年を展望する上で、とても重要な年末の興味の対象でした。それが「明智光秀」であると知った時から、期待がいや増しになったものです。

 信長でも秀吉でも家康でもなく、清盛でも頼朝でもなく、信玄でも謙信でも政宗でもない、普通なら主人公にはなり得ない人物にスポットライトが当たる…それだけでも私の想定外の奇抜な発想でした。

 更に、どちらかと言えば、今までの大河ドラマの中では脇役で、かつ敵役。あまり良くは思われない裏切り者的存在に焦点が当てられる…凄い!と、私の中のNHK株は急上昇でした(笑)😄。

 

 製作陣は、何年前から構想を練るのでしょう。2年前?いや3年前?…テーマを決めるまでにどれだけの原作に目を通すのでしょう。

 テーマの人物を決めるだけで大仕事です。「読書感想文は、何を読むかが決まったら、半分以上書けたようなもの。」とは、中学校の国語科教師時代の私の弁です📚。大河ドラマも、テーマとする人物が決まった時点で同じことが言えませんかね?(笑)。

 

 今まで大河ドラマ(そうじゃないのが入っているかも)で、明智光秀を演じたのを覚えている俳優は、萩原健一近藤正臣市村正親春風亭小朝村上弘明高嶋政宏などですが、最も印象に残る「怪演」は、萩原健一の「明智光秀」です!

 信長にいいように使われ、とことんまでいじめられ、人間としての尊厳を失わせるほど蔑まれた光秀がとうとう常軌を逸してしまい「本能寺の変」を起こす、その狂気を、彼が迫真の演技で演じきっていました👽!

 さぁ、今回の光秀は、「本能寺の変」をどのように起こすのでしょうか❓

 今回の「明智光秀」役、「長谷川博己」については、もちろん一つ項を設けました。全て、「3,長谷川博己の魅力❗」にて語らせていただきます🙋!

 

●テーマ音楽🎶

→まずここから。私は歴代大河ドラマを毎年観てきましたが、今回のテーマ音楽が本当に好きです❗作曲は、歴史好きで日本史にも詳しいアメリカ人の作曲家ジョン・グラムです。

 彼は、「明智光秀」についての見識も豊かで、日本の戦国時代にも大変興味があったそうです。

 私は、作曲が日本人ではないことにまず驚き、そのグローバルな感覚が、広大な大地と、そこに生きる、日本の戦国武将に限らない普遍的な人間の、命をかけた営みを思わせるあのテーマ音楽に繋がったのかと、妙に納得したのを覚えています。

 テレビからその音楽🎶が聞こえると、本当に胸がどきどきするのです。今まで様々なテーマ音楽🎶を聴きましたが、今回のけっして心地よいだけではない、なんとも言えない胸のざわめきは、いったい何なのだろうと今でも思います🌟。

 それが充分に落ち着かないまま、本編が始まるのです!なんとも不思議な感覚です💠。

 

●衣装デザイン

→監督の指示によって、衣装デザイン担当の人もいろいろと主義主張を変えることがあると思います。ドラマも映画も監督の考えで創られるものですから、担当の黒澤和子さんも監督との打合せを入念にしたと何かで読みました。

 とにかく私は、ネットで衣装デザイン担当を検索したのは今回が初めてです。なんて美しい❗そう思ったからです。特に男性の衣装が。きっと同感の方もおられるはずです。綺麗ですよね。男性の衣装。色鮮やかで、見ているだけで元気が出ます❗

 

 監督にはいろいろと異なる考えの人がいて、「あくまでもリアルに当時を再現する」人もいれば、「観客が観て楽しくなるような衣装を創作する」人もいます。黒澤さんは、今回は後者だったのではないでしょか。 

 戦国武将たちはいつ死ぬかわからない刹那に生きているという意味からか、武具だけでなく、鎧も直垂も脛当てまでも実に色鮮やかです!鎧の網目までがこんなに美しく表現されたのを、私はあまり見たことがありません!

 上背のある長谷川博己が、柄物の薄い黄色の着物の上に、リネンらしい透け感のある微妙な色合いの青みのある着物を重ね着しているのを見ると、ほぉ~💙っと見惚れてしまいます❗

 また女性の衣装もとても素敵なのですが、寧ろ男性の衣装にこんなに目がいくのも、今回が初めてです❗どの俳優も洋服ではまず着ないような派手な色合わせの装束を颯爽と着こなしておられて、見ていてとっても楽しいのです❗

 

 「平清盛」や「龍馬伝」は、前者でした。貴族ばかりが裕福で艶やかな十二単や衣冠束帯を纏い、しもじもの者は貧しくぼろを纏っていた平安時代を描いた画像には、常に色を無くすような紗がかかっていたような気がします。

 また、「龍馬伝」の中に出てくる幕末の経済人岩崎弥太郎の貧しい頃を描いた時は、歯にまで汚れたメイクを施し話題になりました。

 

 いろいろなパターンがあって良いと思います。個性は大切ですから。今回は、衣装デザインの黒澤さんのファンになりました。色の合わせ方といい、リネンやシルクやコットンなどの素材の異なる布の重ね方といい、うっとりするほど素晴らしくて、ファッション雑誌を見るようです❗

 こんな楽しみ方もあって良いと私は思います。誰かが言っているように、「人生にエンターテイメントは必要!」。衣食住の他に、文化なくして人類の進歩はあり得ません。

 コロナ禍に文化・映画・演劇・芸能関係に政府の補助は絶対必要だと私は考えます。エンターテイメントの効能は偉大ですから…😆。

 

●俳優陣

 いろいろな雑誌が、あまり書かない人を選んだ…という訳ではありませんが、どうしても自分より年齢の高い、熟練の演技により注目してしまいます。

 

坂東玉三郎

→国宝級歌舞伎役者、女形代表格の坂東玉三郎を挙げないわけにはいきません!帝の役です。ぴったりです!やんごとなき方の雰囲気が、奥から滲み出てきそうです。

 比叡山を焼き討ちさせるか止めるか、究極の決断をする場面そのものは出てきませんが、その様子を囲碁をしながら語る場面があります。

 回想場面であるにもかかわらず、語る端から玉三郎の大きな目が次第に充血して、目尻に涙がにじんで来るのです👁️。

 その落ち着いた語り口と眼の演技、それでも痛いところに碁石を迷いもなく容赦なく置く所作に見惚れてしまいます!慈悲深く見えて、実は容赦のない冷血漢やも知れぬと、そら恐ろしい思いがします。

 

春風亭小朝

→その帝の弟役。こういう憎まれ役をやらせたら、ましてや金と色にまみれた権力のある僧侶の役はビジュアルも含めて実にハマり役。

 最初の登場場面、輿の上から光秀を一瞥する視線の動きなど絶品です!帝と対照的な人物像を描いていてこれまた絶妙!

 監督からは「あくまでも帝の弟という高貴な身分であることを心に留めて」と指示を受けたと何かで読みましたが、若干、途中からの早口が下世話な気がしたのは私だけでしょうか。

 単なる兄弟の確執ではなく、生まれた時からの運命(本人が、美と醜、兄と弟という生来の格差を強調して悔しがっていたので)に反発し、抗うしかない、いかんともしがたい屈辱に凄みを持たせるであろう次回に期待しています。

 

榎木孝明

織田信長の側近として、ずっと付かず離れず従っているお目付け役山崎吉家役です

。私はほとんどこの人物について知識がないのですが、あの豪放磊落な信長の外交担当だったということです。

 外回りの外交が光秀なら、内回りの外交は吉家という立ち位置でしょうか。現代ドラマにもよく出演される彼ですが、実に抑えた演技で、一回り太った鎧兜姿も貫禄があります。「本能寺の変」の時、彼はどう動くのか、前知識がないので楽しみです!⚔️

 

 意外な配役としては、佐々木蔵之介豊臣秀吉風間俊介徳川家康を私は挙げます………😆。

 

……すみません、予定のページを過ぎてしまいました。2人の配役がなぜ意外だったのか、この続きから次回に回させてもらいます。次回は、

 

2,『麒麟がくる』のここが好き❗

●俳優陣  意外な配役から。

3,「長谷川博己」の魅力❗

4,NHK大河ドラマのここが好き❗

 

……とお話を進めていきます。私はこのように大河ドラマを観ています。自分でも変わった切り口だと思います(笑)😄。実に楽しいですね❗

 次回は、なぜか今回はお預けになっている「長谷川博己」について、そして、歴代の大河ドラマの中で、「芹沢マリリンが選ぶベスト5」などを語ってみようかと思います🙋。

 

次の第25回目も、

 「『麒麟がくる大河ドラマの魅力❗」

  第26回目は、

 「海外に行けないなら沖縄へ行こう❗」を予定しています。だんだん乗ってくると、どうしてもページが足りなくなります(笑)。寒くなって来たので、皆さん、普通の風邪にもお気をつけください!☃️

芹沢マリリンでした🎵

 

No.23「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…その4

 とうとうこのテーマも最後の日を迎えてしまいました。感無量😭!悔いのないように、言いたいことを全て表現できたらいいなあ…と思います。

 「山口百恵」のファンの人もそうでない人も、もう一回どうぞお付き合いくださいませ🙋。

 

1,なぜ今「山口百恵」か❓→前前々回で済み

2,なぜ「山口百恵」は引退したのか❓

    →前前々回で済み

3,「山口百恵」の楽曲から見えるもの→前回で済み

4,「山口百恵」のテレビドラマから見えるもの

    →今回はここからです。

5,「山口百恵」の映画から見えるもの

6,雑感

 

4,「山口百恵」のテレビドラマから見えるもの

 デビューして3年後、高校一年の時にテレビドラマが始まりました。その時間には、たとえ何があっても聞こえないふりをし、テレビの前に陣取りました😄。

 なにせ、同い年の芸能人の演じる恋愛ドラマですから、自己投影したりのめり込むのも早いのです。

 次の日のクラスでの百恵談義はもちろんリーダーシップをとり、来週分のストーリーの予想を、シナリオライターのごとくまくし立てていたのでした(笑)。

 断っておきますが、私は言いたいことの半分も言えないタイプで(笑)、単なるおしゃべりではありません。当時から、リサーチをしっかりしていて、実力で百恵談義を仕切っていたのです(笑)。

 

 ドラマの相手役は、もちろんほとんどが三浦友和(「赤い迷路」にはあの松田優作が出演していました)。また、宇津井健三國連太郎というそうそうたる俳優陣が、脇を固めていました。

 ただ、共演した女優さんを全く覚えていません。やっぱり「山口百恵」しか見ていなかったようです(笑)。

 それは、女同士の闘いとか軋轢とかいじめとかのテーマでは全くなく、ひたすら運命に抗い、恋愛を成就させるというストーリーゆえでしょう。

 

「赤い迷路」1974🔴

赤い疑惑」1975🔴

「赤い運命」1976🔴

赤い衝撃」1977🔴

赤い絆」1977🔴

赤い死線」1978🔴

 

 最も印象に残っているのが「赤い疑惑」です。研究室の事故で図らずも白血病になってしまう主人公と、彼女を支える恋人という設定です💜。

 よくある病気を介する悲恋ドラマですが、二人の演技が若々しくて爽やかで、可哀想な場面では、しょっちゅう泣いていました😭。

 もう1つが、「赤い運命」。伊勢湾台風の影響で子供の取り違えが起こり、引き裂かれた父と娘の運命を描いた、ラブストーリーとは異なる本格的サスペンスドラマです💥。

 父親役の三國連太郎の演技の凄さと、「山口百恵」本人の演技力が高く評価され、注目を浴びました❗ 

 「赤い疑惑」とはあまりにも異なった雰囲気に最初は戸惑いながらも、また違った彼女の魅力を知った思いがして夢中になりました。もう一度ゆっくり見直してみたいドラマです🙆。

 

5,「山口百恵」の映画から見えるもの

 テレビドラマがヒットしてすぐ、映画も次々と公開されました。もちろん相手役はほとんどが三浦友和。最初は、文芸作品を題材にしたものが多かったのですが(🔵の映画は、文芸作品小説を原作にしたもの)、交際発覚後は、現代ものも撮られました。

 後に彼女は、自身の著書「蒼い時」の中で、「交際宣言をした後は、やはりラブシーンが照れくさかった」と可愛らしいことを言っていました💖。

 一年に二本以上の主演映画を撮っていました。今でもこんなスター⭐は稀でしょう。またいかに二人が長い時間を一緒に過ごしていたかがわかりますね(笑)💜

 

伊豆の踊子」原作 川端康成🔵 1975

→露天風呂から素っ裸で書生さんに手を振る場面が注目の的でした!踊子の子供っぽい無邪気さ、純粋さを表現する場面なのですが…。

絶唱」原作 大江賢治🔵

→出だしの、死んだ花嫁を人力車で山あいの村に運ぶ場面が、ものすごく美しい!ただ、こんなシチュエーションってありですかね?

潮騒」原作 三島由紀夫🔵

→もちろん、下帯だけの友和さんが、焚き火を飛び越えて来る場面です!似たような場面が「北の国から 初恋」にもありました。

春琴抄」原作 谷崎潤一郎🔵 1976

→佐助まで、自ら眼を針で突いて失明したら、春琴お嬢様の世話がしにくくなるのではないかと思うのですが…。究極の愛情表現でしょうか。耽美主義ですね。

風立ちぬ」原作 堀辰雄🔵

→郊外の療養所を、サナトリウムというのをこの映画で知りました。

「霧の旗」原作 松本清張🔵 1977

松本清張のサスペンスを、都会的に鋭角に映画化されていました。今までの文芸作品と時代も異なるので、雰囲気が、ガラリと変わりました!

「泥だらけの純情」原作 藤原審爾🔵

→生きている世界のあまりに異なる二人の純愛物語。彼女が、白いメンズライクなシャツを、衿をたてて着ている姿が、たまらなくカッコいい!

「振り向けば愛」1978

→かの有名な大林宣彦監督の映画。初めてのベッドシーンが話題になりました。

「炎の舞」原作 加茂菖子🔵

→見逃しています。DVD借りてきて観ます。

「天使を誘惑」原作 高橋三千綱 1979

→交際宣言後の映画。踏切で止めた車の中でのキスシーンにびっくり!

「ホワイト・ラブ」

→楽しそうな、本当の恋人同士の海外ロケを、ぼう~っと観ていた感じ(笑)。シナリオは、公募されました。蛇足ですが、ホテルのドレッサーのテーブルの上に、当時彼女がCMしていたエメロンシャンプーとリンスが、さりげなく(笑)置いてあるのを見てちょっと笑えました。

「古都」原作 川端康成🔵 1980

→最後に選んだテーマが「古都」だったとは。原点回帰ということでしょうか。川端康成で始まり、川端康成で終わる…誰かのこだわりでしょうか。

 

 「山口百恵」の映画には、小説を題材にしたものが多く、特に最初の方は、超有名作家の文芸大作を映画化しています。なぜ文芸作品を原作にしたのか、そこはよく語られる点です。

 「山口百恵」が古風なイメージだった訳ではありません。寧ろ時代の最先端を行っていました。そういう彼女の歌とのギャップに話題性を持たせようとした。これが一つの要因だと思います💐。

 また、格調高い作品を原作にすることで、彼女の雰囲気に、古風で格調高いという別のステイタスをプラスしようとしたのかもしれません。

 併せて、彼女には、現代的な面と古風な面の両方が備わっていることを、百恵プロジェクトチームは充分理解し、その多様性を前面に押し出そうとしたのでしょう。例を挙げれば、「プレイバック」と「秋桜」を歌い分けることができる逸材だということを映画でも示したかったのだと私は思います🌺。

  更に、名作は多くの人にとって既知のものですから、彼女が主演でどのような映画になるのかという、単純な興味も湧いたはずです。彼女のファンでなくても映画館に足を運ぶことでしょう❇️。

 とにかく企画大賞です(笑)❗彼女は、優秀なプロジェクトチームにフォローされていました。それは、チームが優秀というよりも、彼女自身が、そういう人たちが集まってくるほどの逸材だったということです❗🎊。

 

6,雑感

 実は、この項に私の思い入れが最も強く込められています。彼女について話したいことの中で、今までの項目では語りきれなかったことを、二人のシーン別にまとめてみました。

 

◆ラストコンサート

【衣装】

 ラストコンサートで彼女が着用した衣装は次の4点でした。

●メタリックなパニエを重ねたドレスと同じメタリックの髪飾り→ライトに映えて様々な色に変化し、とても可愛らしい印象でした🌼。

●真っ赤なパンツルックに赤い羽根の髪飾り→ダンス中に髪飾りが取れてしまうというハプニングがありましたが、ダンサーの人がいつの間にか片付けていました🌺。

●青いスレンダードレスと青いラメの花の髪飾り→しっとりとした後半の歌にぴったりで、特にヘアドレスがものすごく似合っていました💠。

ベアトップの白いウェディングドレスを思わせるドレスに、白いカスミソウの花束の髪飾り→ベアトップとは肩の大きく開いたスッキリしたデザインで、今ではウェディングドレスの定番となっています。

 彼女が着てから、20年後、つまり今から20年前ぐらいから、ウェディングドレスとして大流行しています。彼女は、流行の最先端というか、随分な先取りでした🌸。

 

【ヘアースタイル】

 ラストコンサートの時の彼女のカーリーヘアは、頭頂部を残して柔らかなカーリーにするもので、片方のサイドをヘアピンで留めると、落ち着いた上品なカーリーヘアになります。

 大学生だった私も美容院で「百恵ちゃんのようなカーリーヘアにしてください。」とお願いしてパーマを当ててもらったら、美容師さんが「よくお似合いです!」と言ってくれました(営業上の社交辞令ですが)。

 もちろん片サイドをシルバーのヘアピンで留めて、大学に行ったらちょっとざわついたかな(笑)。

 

 その後彼女は、カーリーヘアを、結婚式の後すぐにバッサリ切ってショートヘアになり、明くる日、身軽になって新婚旅行に出かけて行きました💖。

 いつも彼女のヘアカットを担当していた美容師さんを、夜自宅に呼んで切ってもらったらしいです。さすがです❗美容師さんも感無量だったとか…。

 

 彼女のヘアスタイルを真似るだけでなく、彼女がサンダルではなくパンプス👠ばかり履くと私もパンプスを履く(足が痛いのに)、一事が万事、彼女は一ファンの私だけではなく、そういう時代を牽引していたのです🙋。

 蛇足になりますが、マネできなかったのは、濃紺のビキニ👙。真っ黒ではないところが彼女らしいです。形も当時流行っていた形ではなく、ごくシンプルな三角ビキニでしたが、他のアイドルたちの派手なビキニより目立っていました!

 確かにあのビキニ以上に彼女に似合う水着が思い当たりません!自分というものをしっかり客観的に見られる人だから、自分に最もよく似合うものを本当によく知っているのでしょう。

 

【白いマイク🎤】

 ラストコンサートに関して、最後にお話するのは、彼女がステージに残して行った、あの白いマイクの行方です。

 何かで読んだのですが、あのマイクは彼女にプレゼントされ、彼女の家のリビングの硝子ケースの中に入れてあったそうです。

 そのプレミアもののマイクを、何も知らない彼女の子どもさんたちが、幼い頃おもちゃにして遊んでいたとか…。

 三浦家の子どもは男の子が二人です(もうどちらも結婚され、立派に独立されています)。兄の祐太朗さんは彼女そっくり(話し方まで)。歌手で彼女の曲もカバーしています。弟の貴大さんはお父さん似で、俳優として大変活躍されています。

 その二人が遊んでいた白いマイク、彼女はそれを静かにステージに置いて、階段を上って行きました。

「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります。」

その言葉の後、最後の歌を歌い終えて、彼女は上って行きました。その姿はまるで「神」のよう。そして二度と振り返らず、天上を表す白いスモークの中へと消えて行きました。

 

◆結婚式

 1980年10月5日、日本武道館でラストコンサートが行われてからしばらくして、11月19日二人の結婚式が教会で執り行われました⛪。

 式を終えて教会から出てきた二人に向けられたフラッシュの嵐、数分間にわたってずっと続いた、そのフラッシュの数の多さを、私は今でも覚えています🌟。それ以上のフラッシュを、それ以前も以降も、私は見たことがありません❗

 

【衣装】

 高貴で清楚で且つ華やかな白い胡蝶蘭のヘアドレスが印象的でした。ドレスは、シスターを思わせる胸元のドレープが清楚な、直線裁ちのシンプルなドレスで、やはり「神」をイメージしてしまいました!

 他にも文金高島田の豪華な振り袖やピンクのカクテルドレスも着たそうですが、やはりこの白いウェディングドレスが印象的です!

 彼女は、ドラマや映画で何度も様々な振り袖やドレスを着ていますから、自分の本番は、彼女が本当に着たいものを選んだのだと思います。

「彼女が本当に望んでいたのは、こういうドレスだったんだ。さすが…。」と私は明確に納得しました!彼女らしいと思います!

 彼女と同じ白い胡蝶蘭の髪飾りが、当時とても流行りました。私の友人の一人は、そのままそっくりのヘアドレスを自分で作って結婚式で身に付けました❗

 

【プロポーズの言葉】

 友和さんのプロポーズの言葉は、「結婚するからそのつもりで。」だったらしいと何かで読みました。その言葉が、当時、プロポーズの言葉としてよく使われたそうです。

 また、彼女がコンサートの最後で観客に向かって言った最後の言葉、「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります。」のフレーズが、結婚式の花嫁から両親への感謝の言葉でよく使われたという話も聞きました。

 ファンたちも彼らと前後して、結婚について深く考えるようになったというのは事実だと思います。若いカップルの結婚自体が、彼らの結婚をきっかけにして増えたという説もあります。憧れが現実になったのですから。つまりそれは、芸能界だけでなく社会現象だったという訳です。それほどの大ニュースだったのです❗

 

【蒼い時】

 彼女の手記「蒼い時」の初版本📘を、もちろん私は持っています。今では文庫本にもなっています。

 その中に、彼女直筆の原稿のコピーが一部付いているのですが、それがとても達筆で(21歳の若い女性には珍しいと私は思うのですが)、美しく意思の強そうな文字なんです。寧ろ男性的な。彼女らしい字だなぁ…と私は納得しました。性格は、文字に出るのですね。

 「あお」という字には、「蒼」以外にも「青」「碧」などがあります。彼女は敢えて「蒼」を選びました。「蒼」は草木が生い茂る様子を表す文字なので、グリーンっぽいブルーです。「蒼い時」の表紙カバーの上半分にある色です。

(ちなみに、奇才エドワード・ゴーリーにも「蒼い時」という、またまた難解な物語がありますが、その本の表紙の色は、まさしく「青」です。)

 

 さて、このブログのタイトルに戻ります。「『山口百恵』伝説から神話へ」…これは彼女のラストコンサートのテーマで、記念LPのカバーに印字されていた文字です。当時このテーマをつけた時の意味を私なりに考えてみました。

「彼女は、ラストコンサートを終えて引退したら、二度と芸能界に戻ってくることはない。ゆえに、彼女のような素晴らしい歌手がいたことは、何年何十年も後には、「伝説」となって語り伝えられることになるだろう。」…と。

 更に、「『山口百恵』という歌手と全く同じ時を生きてさえいない人間にも、その影響は及ぶだろう。ならば、それはもはや過去の「伝説」ではなく、「神」の域に達している🌟。

 世代を超えて、彼女を思い、彼女を振り返り、見ることもできない彼女と共に生きていこうとする人々が数限りなく生まれて来るだろう…。」

…そのような予言めいたものを感じます🙆。

 今、彼女のことをほとんど知らない若い人たちが、彼女の歌をカラオケで歌い、全く古さを感じさせない歌に驚き、カラオケのMVで流れる彼女自身の姿や衣装や歌い方に憧れ、そして、時代を超えて、これから先も歌い続けていくのでしょう。彼女は、永遠に時代のトレンドであり続けるのです❗

 

 「山口百恵」のレポートを完成させた思いです(笑)!

今までいつかやりたいと思っていたことをやりきって、一仕事終えた感じです💧。

次の第24回目は、

  「『麒麟が来る』大河ドラマの魅力❗」

  第25回目は、

  「海外に行けないなら、沖縄へ行こう❗」を予定しています。時節柄、少し順番を変えました。長谷川博己の第ファンです(笑)❗彼、セクシーですよね☺️❗

芹沢マリリンでした🎵

 

 

No.22「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…その3

 「山口百恵」の楽曲について書いていると、楽しくて楽しくて、結局また最後まで行けませんでした🙋。このテーマは今回で書ききれるかどうか、定かではありませんが、書き終わってしまうのもなんとなく淋しい気がします😭。

 今日は11月22日、「いい夫婦の日❤️」だそうですね。「いい夫婦」15年連続1位の三浦さんご夫婦、今年で殿堂入りだということでおめでとうございます❗

 仲良しの秘訣は何ですか?「奥さんが家庭に入ること」なんて答えは返ってくるはずもないので(彼らはそんな化石レベルを越えています)、一度聞いてみたいなぁと思います(笑)😃。

 さて、前回は「夢先案内人」へのコメントまで紹介させていただいたので、私の特に大好きなあの曲から、またまた好き放題述べて行こうと思います。

 

1,なぜ今「山口百恵」か❓→前々回で済み

2,なぜ「山口百恵」は引退したのか❓

   →前々回で済み

3,「山口百恵」の楽曲から見えるもの

   →前回で「夢先案内人」まで済み

4,「山口百恵」のテレビドラマから見えるもの

5,「山口百恵」の映画から見えるもの

6,雑感

 

3,「山口百恵」の楽曲から見えるものの続きです。

●「イミテーション・ゴールド」🎶

 カッコ良くて大好きな曲です❗ゴールドの衣装がまた曲に合っていて、彼女にも似合って素敵💚大人っぽさが板について来ました(どこから目線?)。

 

「シャワーの後の 髪の滴を 乾いたタオルで ふき取りながら🎶」

 

 この出だしのスローな歌い方がニクいね❗なんてことのない歌詞なのに、次のアップテンポへの序章として期待がいや増し❗…という感じです。

 二人の関係も想像できます。昼間から二人は部屋で愛し合った後だということです。休みの日でしょうか。それとも…?

 

 私は昔から、2番の出だしのナチュラルな歌詞も好きです。

「西陽の強い部屋の片隅 彼が冷蔵庫パタンと閉る パックのままの牛乳かかえ 身軽な動作で運んでくれるわ🎶」

 

 西陽が強い部屋の条件から言うと、高層マンションの裕福な二人はイメージできません。冷蔵庫に牛乳があって生活感があるからホテルでもないですね。

 部屋の片隅に冷蔵庫があるのだから、部屋は2DKか、彼の部屋ならワンルームもあり得る。いややっぱり狭いなりにキレイに片付けられた彼女の部屋がいいなぁ🙋。

 元カレのいる大人っぽい彼女だが、そう年上でもなさそう。ミネラルウォーターでもジュースでもコーラでもなく、持って来るのが牛乳パック。飲みきりのミニパックではなく、1リットルのそれも飲みかけのパックでしょう。

 こぼさないよう気をつけながら、それでも若い彼は裸同然の格好のまま、上手にバランスをとって、ベッドまで運んでくれる訳です。そして彼女が一口飲むと、残りは彼が喉を鳴らしながらごくごくと飲み干すのでした…。

 生々しさもありながら、都会的。どこまでも清潔で鋭角でステンレスの肌触りの爽やかさ…。若いから許されるあっけらかんとした爽やかさ、そこがカッコいいのです❗その歌をこれ以上ないほどにさらりと歌う彼女は、もはや不動のトップスター⭐の貫禄です❗

 

 私がこの歌で唯一未だに謎が解けないのが(後は全て解けている体が我ながら傲慢?)、最後のこの歌詞です。

「ごめんね 去年の人を 忘れるその日を🎶」

 

 これは、ごめんね、新しい彼。去年の人を忘れるその日まで(待っていて)…なのか、それとも、ごめんね、去年の彼。あなたを忘れる日が来てしまったわ(とうとう)…なのか、あなたはどう思います⁉️

 

●「美・サイレント」🎶

 この歌の衣装が本当に素敵💜。パニエを重ねてスカートを膨らませた人形のようなドレスの方じゃなくて、落ち着いた色調のジャケットのコンパクトなタイトなスーツの方です❗

 かちっとしたスーツなのに、体のラインにフィットしていて、コーラの瓶(もともと女性の体のラインからインスパイアした)のように凹凸がなまめかしく艶っぽい❗

 小さなカクテルハットとレースの手袋、濃いめの尖ったメイク、隙がありません!完璧です!数ある衣装の中で、私にとっては最も印象的なドレスです。忘れられません😂。

 

 そしてその曲がまた画期的❗「プレイバック」で感じた「画期的(今までになく新しい)」を再度感じたのです。歌詞が一部抜けるのです。歌わないのです。ご存知ですよね(笑)。

  

「あなたの○○○○が欲しいのです 燃えてる✕✕✕✕が好きだから🎶」

 

 あるタレントが最近の番組で、「この伏せ字が字幕でばれたことがある」と言っていました。よく知ってるなぁと思いましたが、私はその事件をリアルタイムで見ていました。昔からのファンならみんな知っていることです。

 「情熱」であったり「くちづけ」であったりしましたが、当然私はその通りに唇が動いているか、いつもテレビの間近で凝視していました(笑)。

 ところが、さすがにこれも企画賞です!唇💋が、その通りの動きをしているのを一度も見たことがありません。

 ほとんどが、全く異なる動きをしていました。時には、こちらの意図を察してか、唇💋を、全く動かさな

い時もありました。してやられた感いっぱいです(笑)。

 彼女本人も、ある歌番組で「あの部分には、本来歌詞がありませんから」と言っていました。つまり、確信犯!もしくはばれたことへの逆襲(笑)?

 この企画のために、どれだけの人が彼女の唇💋に神経を集中させたことでしょう。上手いですねぇ☺️。

 

 この歌に出てくる男もなかなかの✕✕男で、二人で歩いていても街を行く他の女に目移りし、

 

「ショウウィンドウを鏡に あなたはいつでも気取って 自分の姿だけ見つめているのよm 悲しいわ🎶」

 

という自己顕示欲の強さです。美しい男なのでしょう、外見は。見ているのは「自分の姿だけ」。たまにいますよね、こんな感じの人。阿木燿子の観察眼の鋭さには、ほれぼれします。

 

●「ロックンロール・ウィドウ」🎶

 さすが?の私も驚きました!結婚宣言のすぐ後の曲が「ウィドウ(未亡人)」とは…。やるねぇ、飽きさせないねぇ…とまたまた企画賞です❗

 

「もしも誰かに聞かれたら 夫はとうに亡くなりました いい人でした かっこかっこかっこかっこかっこかっこかっこつけて泣きたいわ ロックンロール・ウィドウ ハハハン🎶」

 

 ロックです!宇崎竜童の真骨頂!タイトなミニドレスでシャウトする彼女のかっこ良さったら半端ない❗彼女の歌える曲層の幅広さも感動もの❗

 更にこの時期、もう引退は表明しているので、こんなカッコいい彼女を見られるのもあと少し…という淋しさもあり、ファンとしては複雑な思いでした…😥。

 

●「いい日旅立ち」「秋桜」🎶

 「いい日旅立ち」は、谷村新司作詞作曲、「秋桜」は、さだまさし作詞作曲です。前者はJR.のテーマソングで、この歌のおかげで女子旅や女性の一人旅が激増したと言われています。

 後者は、やはり結婚を強く意識しての歌でしょう。大御所二人に曲を依頼したのも、彼女なりの思いが強かったからでしょうか🌸。

 私がそれぞれの歌詞で特に好きな部分をあげてみます。

 

「私は今から 思い出を作るため 砂に枯れ木で書くつもり さよならと🎶」

「こんな小春日和の 穏やかな日は あなたの優しさが滲みてくる🎶」

 

 そうです。「小春日和」とは、「秋桜」が咲く秋頃に、春のような暖かい日が訪れることです。共にしっとりとした伸びやかな名曲です。

 こういう歌も彼女は大得意なのです!文芸作品の映画を思わせます🍁。

 

●「曼珠沙華」🎶

 普通なら「まんじゅしゃげ」ですよね。でもこの歌では「まんじゅうしゃか」と読ませます。それだけでもこの歌に注目してしまいます。

 

「あなたへの手紙 最後の一行 思いつかない どこでけじめをつけましょ 窓辺の花が咲いた時 はかなく花が散った時 いいえあなたに愛された時🎶」

 

 コンサートのアンコールで好んで歌った歌です。阿木燿子・宇崎竜童夫妻の、彼女への思いが伝わって来るような迫力のある歌です!

 彼女はこの歌を、心の底から絞り出すように情熱的に歌いました。それはもう、感動的で胸を打たれ、身じろぎもせず、ただ呆然と歌う彼女を見ているしかありません😂。何度聞いても涙してしまいます💧。歌の力を感じます。

 

●「一恵」🎶

 1980年11月19日、結婚式の当日にリリースされた曲です。この歌については、前々回の号の「『山口百恵』はなぜ引退したのか❓」で詳しく述べさせていただきましたので、同じことは省略します。

 それ以外にも、私には思うところがあるのです。

 

「(一期一会 あなたとの出逢いの中で 私は自分を知りました) 私の胸に寄せる波は あなたの あなたの心に 引いてゆくm🎶」

 

…もうこの詩を見たら、彼女の思いは一目瞭然、胸にすとんと落ちました。

「私の胸に寄せる波は あなたの心に引いてゆく」

ここまで思いが募ったら、もう誰にもどうにもできませんね。40年以上たって、今活字で読むだけでも、心が震えるような詩です💐。

 そして、この部分の曲は、まさしく寄せては返す波のような曲調になっています。月並みで申し訳ありませんが、凄いなぁと思います。歌の力は時空を越えますね🌟。

 

●「さよならの向こう側」🎶

 「山口百恵」最後の楽曲です。ラストコンサートのフィナーレで、ウェディングドレスのような真っ白い衣装で歌った曲です。

 

「last  song  for  you    last  song  for  you  約束なしのお別れです last  song  for  you    last  song  for  you 今度はいつと言えません🎶」

 

 この歌を聴いて、本当に最後なんだなぁと改めて実感したことを、今でもはっきり覚えています。

 最近、テレビ番組でこの歌詞について「あなた」とは誰のことかと、若いタレントさんがプレゼンしていたのを見ました。

 リアルタイムに彼女を見るどころか、彼女の母親さえまだ生まれていなかったのではないかと思うような若い人が、彼女について熱弁する様子を見て、私まで嬉しくなりました🙆。

 そして、やっぱり彼女は「普遍的な時代のトレンド」なのだと再認識したのです❗

 私自身は、最初の部分の「あなた」は友和さん、後はファンの人かなと思っています。

 しかし中には、こんな意見もありました。逆にファン側からの思いを歌っていて、「百恵さん、あなたのことは忘れない」という思いもあるかもしれない…と。

 その人の心の中では、「山口百恵」と自分が、リンクしオーバーラップしてしまっているんですね。

 

 ファッション業界などでは、何十年か前の流行が巡りめぐって再び流行る…というようなことがありますが、全く同じ状態で流行る訳ではありません。

 バブルの頃、最先端だったヘアスタイルやボディコンシャスなドレスを見ても、どこかやっぱり野暮ったい古さをぬぐえないですよね。

 「山口百恵」は、それとは違うのです。そのまま、今の4Kの大型テレビで見ても、その曲も歌も衣装も容姿も仕草も、全く古さを感じさせないのです🌺。

 ある意味それは奇跡です❗そのミラクルを起こしたのが「山口百恵」なのです❗彼女は、まさしく「不死鳥」。フェニックスなのです‼️

 

 あら大変!3回でも書き切れませんでした!またまた最後の部分は次回に回させてください🙋。

次の第23回目も、

 「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…その4

  第24回目は、

 「海外へ行けないなら、沖縄へ行こう❗」を予定しています。

書いているうちに、知らず知らず今回は、そう「美・サイレント」を熱唱していました(笑)🎶❗

芹沢マリリンでした🎵

 

No.21「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…その2

 さて、「山口百恵」を書き始めて、前回はやや思い込みの激しい記事になったような気もしています😆。41年来の思いということでお許しいただき、今回は、大好きな彼女の残してくれた様々な宝物💎について、またまた勝手な印象を好き放題述べさせていただきたいと思います(若干攻撃的?(笑))。私自身がワクワクしてます(笑)🙋。

 

 いつものように、お話の骨子を整理しておきますね!

1,なぜ今「山口百恵」か❓→前回で済み

2,なぜ「山口百恵」は引退したのか❓→前回で済み

3,「山口百恵」の楽曲から見えるもの→今回はここからです❗

4,「山口百恵」のテレビドラマから見えるもの

5,「山口百恵」の映画から見えるもの

6,雑感

 

 それでは、宝物💎たちへのコメントを始めます。

3,「山口百恵」の楽曲から見えるもの

*番外として、牧場ゆみの「回転木馬」という曲を挙げなければなりません。「スター誕生」で、彼女がデビュー前に歌った曲です。

 とにかく彼女の声質にぴったりでした。どこか悲しげな曲調、彼女のあの独特なビブラートの特徴が遺憾なく発揮されていました🌷。

 選曲が素晴らしい!彼女が選んだとしたら、本当に自分のことをよく知っている人だと思うし、誰かのアドバイスなら、それもまた彼女をよく知っていると思って、生意気にも中学一年の私はテレビの前でしきりに頷いたものでした。

 この人の声、この人の雰囲気、この人の内面から溢れ出す個性、それらは絶対に稀有なものだと13歳の私は確信していました🌟。

 

●「としごろ」🎶

 デビュー曲です❗中1、13歳にしては大人っぽい歌詞だということで賛否両論ありました。

 

「あなたに全てを見せるのは ちょっぴり怖くて恥ずかしい 私が私で なくなるの🎶」

 

…この歌詞には、「山口百恵」のプロデュースの方向性を模索する、プロダクション側の思惑が垣間見えます。

 更に、そのサビの部分には、彼女独特のビブラートが一番効果的に配置されていました。そして、どこか寂しげなアイドルらしくない暗めの表情と物腰。「なるほど、このラインで行くのね!」とは私の心の声です🙋。

 「花の中1トリオ」と呼ばれていた、三者三様の山口百恵森昌子桜田淳子。この呼称は彼女にとって、その中で、他の二人と全く異なる個性を突出させるに充分な企画賞でしたね!

 

●「ひと夏の経験」🎶

 方向性が決まって第二弾。一気に爆発的なヒットを生んだ代表曲です。

 

「あなたが望むなら 私何をされてもいいわ いけない娘だと 噂されてもいい 恋した時に身体の隅で 別の私が目を覚ますの🎶」

 

…来た~❗と私は思いました(笑)。

 サビの部分にあのビブラートを効かす方法も健在!恥ずかしそうな控えめなフリがプラスされていました。 

 ただ、有名になると当然逆風も吹きます。社会的には批判もありました。「あんな中学生のいたいけな娘に、そんな歌詞の歌を歌わせていいのか」…。

 しかし、そんな旧態依然とした批判の風潮を、もはや彼女ははるかに凌駕していました。当時の可愛い路線のアイドルが多い中で、この異質さが一気に彼女をトップへと押し上げていくのです⭐。

 しかし、彼女がその状態を歯牙にもかけなかったという訳ではなく、そこはやはりまだ中学一年生ですから、世間に色々言われることで、少なからず悩んでいたことを、後に彼女の著書「蒼い時」で知ることとなります。

 スター⭐であり、且つ普通の少女でもあった…彼女のそういうところが、ファンの層を2倍にも3倍にも増やしていける要因になりました❗

 近くにいそうでいない、親近感がありそうで、実は近寄りがたい存在…新しいスター⭐像を彼女が造り上げていくことになったのです❗

 

●「冬の色」🎶  

「あなたから 許された 口紅の色は からたちの 花よりも 薄いにおいです🎶」

 

 当時高校一年だった私は、古典の授業で、昔の「におい」は今の「色」であると習ったことを、この歌詞で再確認した覚えがあります。

 大人っぽいが清潔感があり、曲調にも落ち着きが出てきます。レコードジャケットのセピア色の秋の風景は、ジャケット写真の中でも評判の高いものです。

 笑顔ではありません。憂いのある表情が、とても高校生(確か発売時は15歳)とは思えない大人っぽさを感じさせます。

 15歳の女の子にあの表情が出せますか?あの声が出ますか?ファンを飽きさせない、同じことを繰り返さない、常に進化する「山口百恵」を見る思いです🌼。

 更に、あのビブラートだけではなく、彼女の声質の変化をこの曲で発見しました❗静かなバラード調の曲の中で、深く広く伸びのあるロングトーンが現れます。

 発声方法を変えたのか、改良したのか、歌唱力もこの辺りから急激に伸びていったように思うのです(いったいどこから目線?(笑))。

 

●「横須賀線ストーリー」🎶

 宇崎竜童、阿木燿子夫妻の楽曲です。このペアに本人の希望で依頼したそうです。本当に彼女は、時代と流行と音楽性と自らの本質を自分で理解している人だったと改めて思います。

 今までにない画期的な歌詞と、文字通りカッコいい曲調で大ヒット❗彼女はスター⭐の階段を更に上へと駆け上がって行きました。

 

「これっきりこれっきりもう これっきりですか

これっきりこれっきりもう これっきりですか

急な坂道 駆け上ったら 今も海が見えるでしょうか ここは横須賀🎶」

 

 横須賀は彼女の故郷です。横須賀への思いは特に強いのでしょう。他にも彼女には横須賀を題材にした歌があります。

 横浜の歌は他の歌手も歌っているけれど、横須賀の歌はあまりなかったように思うので、そこがまたノスタルジックでエキゾチックで、メタリックな衣装と共に彼女はまた変化し、進化していきました❗

 

●「プレイバックpart1」🎶

「あれは真夏の出来事でした 今から話すけれど もらい泣きなど しないでくださいね (聞いてね)🎶」

 

 part2の方が先にヒットして有名なので、この曲はあとから知りました。タイトルが上手い❗「part1はどこに?」って思いますよね!これも企画賞です❗

 それにしても、前置きの長い歌詞に少し笑ってしまいます。曲調はアップテンポでロック調。ロングトーンも無理なく伸びてとっても気持ちの良い曲です。カラオケで歌えば、ストレス解消にぴったり!

 後に次男の三浦貴大さんが、「徹子の部屋」に呼ばれた時だったか、「母の子守唄や鼻歌や、ちょっと歌ってくれる童謡のレベルが、他の人とは全く違っていた」

と言っていたのを聞いて、さもありなんと、深く頷きました。

 彼女は上手いのです、歌が。70年代の歌が上手い女性歌手第一位に選ばれるくらいですから。NHK紅白歌合戦のトリを務めたこともあるくらいです。彼女の人気を支えた基盤には、確固とした歌手としての実力があったのです❗

 

●「プレイバックpart2」🎶

 part1より先にこちらがヒットしました。ご存知、ドラマチックな短編映画を観るような歌詞です。

 

「交差点では隣の車がミラーこすったと 怒鳴っているから私もついつい大声になる バカにしないでよ そっちのせいよ ちょっと待って play back play back 今の言葉 play back play back」

🎶

 阿木燿子の詞が素晴らしい!宇崎竜童の曲がカッコいい!珠玉の名曲です。それにしても、真っ赤なポルシェによく難癖つけたなぁ(笑)😃。勇気あるわぁ(笑)。

 もうこの段階でショートストーリーが出来上がってしまいます。片道三車線はある都内の道路。街路樹はやっぱり銀杏かな。両側に高速ビル。洒落たカフェやセレクトショップが並んでいる。

 しばらく行くと道は二手に分かれ、市内を行く道を下に見ながら、彼女の車は左にゆるくカーブして高架へ上って行く。そのまま真っ直ぐ湾岸道路へ、間もなく東京湾が見えてくる…なんてね(そこを車で走ったことはないけど)🙋。

 

「坊や いったい何を 教わって来たの 私だって私だって 疲れるわ🎶」

 

 年上でお金持ちの百戦錬磨?のこのお姉さんに、相手は経験不足の坊っちゃんでしたね(笑)。そうは言ってもこのお姉さん、根は純粋な人だから年下の彼を捨てられないのよね。最後は帰って行くんです。

 play backの動作をこんな風に効果的に使った歌詞は、もう二度と出てこないでしょうね❗

 強くてカッコよくて、そして優しくて…そんな女性の様々な表情を、彼女は3分余りの曲の中で、映画のように見事に演じ分けていました‼️

 

●「絶対絶命」🎶

 出たぁ!また(クソ男)が。今度のやつは「プレイバック」よりたちが悪い!女の敵!

すみません、興奮し過ぎました(笑)。あまりにひどいやつなんで(笑)。

 

「別れて欲しいの彼と そんなことはできないわ 愛しているのよ彼を それは私も同じこと 夕暮れ迫るカフェテラス その人は白いハンカチを噛む 薬指には銀色に 輝く指輪が私を弾いてる🎶」

 

 彼女の歌唱では、「薬指には」の後に小さな「あ」がつくんです。わかる人はわかりますね(笑)。この「あ」が小気味良くて大好き❗

 三角関係、三人模様の十数分間の修羅場ですね😓。ドラマチックやわぁ!まるで、有川浩の小説「阪神電車」のオープニング場面のようです。

 女二人の言葉の応酬から始まるなんて凄い設定ですね!私は一気にそのカフェテラスにワープして、近くの席で耳を澄ませて成り行きを見守りますわ(笑)😃。

 

 こんなに大変な修羅場に恋人二人を立たせておいて、その原因になった(クソ男)は遅れて来るんです!ありえへん!意気地無し!そういう状態になるのが怖くて遅刻するなんて情けない!(また興奮してきた)

 

「そこへ彼 遅れて来た彼 二人とも 落ち着いてって言ったわ🎶」

 

駄目だこりゃ(笑)また次の台詞が恥の上塗りです。

「二人とも 愛してるって言ったわ」サイテー!

「その人の涙の深さに負けたの🎶」

と言って席を立ちますが、それは優し過ぎるでしょう。その男、そんなにいいですか?未練ですか?こんな男はくれてやって正解⭕。

 

「やってられないわ🎶」ですわ!指輪の女の人は、これからもまた同じことで何度も苦しむことでしょう。さっさと次へ行きましょう‼️

 

●「乙女座宮」「夢前案内人」🎶

 激しい歌路線から、一気に雰囲気を変えてロマンチックな明るく軽やかな曲です。本当にファンを飽きさせませんね!この2曲は曲調が似ていて夢見心地で聴けます。

 歌詞の中に「ウェディングドレス」というワードが出てきますが、この歌がリリースされたのが1978年、1980年の結婚まで2年、この時点で、彼ら二人は結婚を意識していたのでしょうか❤️。

 共通するイメージのワードに「流星」「銀河」「ペガサス」「三日月」🌙があり、いつの間にか自然に感覚は遥か宇宙へと飛んで行きます🚀。

 彼女は激しい歌だけでなく、こんなにゆったりした、夢見心地の優しい歌も上手です。いったいいくつの顔を持っているのでしょう。

 その答えを出すのは、この時点ではまだまだ早すぎました。彼女の可能性は、その時代の観衆の常識や予想を越えて、そこから更に深く高く広がっていったのです🌟。

 

 やはり、2回でも書ききれませんでした。まだ7曲へのコメントが残っています。テレビドラマや映画についてのコメントも次回に回させてください。

次の第22回目も、

「『山口百恵』伝説から神話へ そして…その3」

  第23回目は、

「海外へ行けないなら、沖縄へ行こう❗」を予定しています。

 書いているうちに、知らず知らず、今回は「絶対絶命」を熱唱していました(笑)❗芹沢マリリンでした🎵

 

 

 

 

No.20「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…

はじめに

 長くなりそうな「はじめに」です(笑)😆。

 私はブログを特にテーマの順番を決めてから書いているわけではなく、書きたくなったテーマから思い付くままに書き進めているのですが、丁度20回目にこのテーマを書こうと思ったことには、なんだか運命的なものを感じます🙆。

 「山口百恵」…彼女は、41年前に私(私たち)の前から姿を消した大スター⭐です❗40年あまり、ずっと考え続けているわけではありませんが、十何年かに一回ふと周期的に彼女が私の脳裏に降りてくるのです。

 何かで彼女の記事を見たり、息子さんがドラマに出たり歌番組に出たり、もちろん、今では押しも押されもしない有名な俳優である夫の三浦友和さんのドラマを見たりした時に、そして今回のようにテレビでラストコンサートが放映されたのをきっかけに、40年の歳月が一気に昇華されていくのを感じます😃。

 

 彼女とは同じ歳です。同じ昭和の時代を、同じ若い女性として生きていました。だから彼女が芸能界を引退し、その姿を見ることができなくなった21歳の頃の自分に、容易に戻ることもできるのです。

 彼女の歌だけでなく、彼女の生き方から大きな影響を受けた、当時の若い女性の一人として、どうしてもこれを書いておきたかった…このブログはそういう思いの結晶です❗

 

 確かにあれから40年以上過ぎました。なのに、彼女はまだ輝いています🌟。彼女の活躍していた時代には、当然生まれてもいなかった若い女性が、カラオケで彼女の歌を熱唱します🎤🎶。

 テレビ番組では、彼女の歌の歌詞の解説を、子どもより若いタレントが熱弁します。そう、彼女の存在は普遍なのです❗

 20代の若い女性が言いました。「彼女の歌っている姿、歌の内容は、40年たった今でも充分時代に合っている。不思議なほど古さを全く感じさせない。」と。

 もはや、彼女は「伝説」でも「神話」でもなく、「普遍的な時代のトレンド」と言えるのかもしれないと私は思うのです。

 ブログのタイトルの「伝説から神話へ」は彼女のラストコンサートのテーマです。その日からまだ彼女は何十年もかけて『進化』を続けているのです❗そのことについて、自分なりにお話を進めて行こうと思います🙋。

 

 いつものように、先に骨子を提示させていただきます。

1,なぜ今「山口百恵」か❓

2,なぜ「山口百恵」は引退したのか❓

3,「山口百恵」の楽曲から見えるもの

4,「山口百恵」のテレビドラマから見えるもの

5,「山口百恵」の映画から見えるもの

6,雑感🌺

それではようやく本論に入っていきます。

 

1,なぜ今「山口百恵」か❓

◼️「一恵」

 まず彼女自身が作詞したと言われている「一恵」の歌詞から紹介します。

ファンの人は絶対覚えていて今でも歌える歌の一つです。ラストコンサートでも熱唱していました。

 

「あなたは夢だと 人は言う。 なぜなぜ夢なのかと ふと思う。m…🎶

母にもらった 名前通りの 多すぎるほどの幸せは やはりどこか 淋しくて 秋から冬へ 冬から春へ 一つの愛を 追いかけた うつつに戻す罪の深さを 知ってか知らずか あなたへの愛を両手に 呟いた 私は女🎶」

 

 彼女の思いが、そのまま吐露されているような歌詞です。

 大スター「山口百恵」の芸能人としての幸せと、一人の女性としての幸せを、秤にかけるわけではないけれど、どちらも手にいれようと思えばできたはずなのにそれをしなかった、その潔さを感じます。

 さらに、そこに全く「残念だとか、本当は惜しいのだとか」迷った気配が全くありません❗彼女は「愛を両手に」呟くのです。「あなたの愛」ではなく、「あなたへの愛」なのです。自分に正直な彼女のまっすぐな思いが伝わってきます❤️。

 

◼️デビュー

 前述したように、私は彼女のデビュー前から同じ時代を生きてきました。「スター誕生」で「回転木馬」を歌って20社の芸能プロダクションからプラカードが上がり、彼女のデビューが決まりました。中学一年生の時です❗

 芸能人って、スター⭐になる人って凄いですね!やっぱりオーラがありました!他の人とは違う特別な雰囲気がありました!

 一見、同じクラスにもいそうな平凡な容姿にも見えて、実は瞳の奥に宝石💎が輝いているような、尋常じゃないものを感じたのを覚えています。

 この時から、「名前通りの多くの幸せ🍀」を手に入れ、またその「幸せ🍀」を多くの人に与えることのできるスター⭐になったのです❗

 

◼️恋愛の距離

 歌のヒットと共に、「赤い迷路」からテレビドラマに、やがて「伊豆の踊子」から立て続けに映画にも主演するようになります。

 それが運命の出会いというのでしょうか。相手役の三浦友和さんとの愛を育んでいくことになります。

 後で述べますが、8年間で5本の連続テレビドラマと12本の映画は、二人の距離を縮めるのに充分のきっかけとなりました。

 ロケの時はほとんど毎日二人は一緒に時間を過ごすことになります。その二人が惹かれ合っていくのに時間はかからないでしょう。ましてやラブシーンのある恋人同士の設定です。これはもう必然ですね💜。

 

◼️結婚、引退宣言

 そしてとうとう、人気絶頂の21歳にして、たった8年間の芸能生活で引退、結婚して家庭に入ってしまいます。その時のファンたちの驚きやショックは、今でも表現のしようがありません!

 当然、各種マスコミも一斉に大々的に報道しましたが、意外にも概ね好意的な反応だったのではないかと思います。

 もちろん彼女が引退することで、関係者の中には失業する人もいるだろうし、生活が大きく変わってしまったり、大損害を受ける企業もあったことでしょう。

 なのに、なぜ好意的だったのか。やはりそれは、彼女の誰もが驚く潔さ、バッシングも受けたであろう友和さんの徹底した沈黙(不必要に前に出ず、あえていろいろコメントしたりしないという意味です)、

そして、その若い二人のあまりにも爽やかな人間味が、有無を言わさぬ強烈なインパクトとなって私たちの心を打ったからではないかと思うのです。

 大スター⭐をお嫁にもらうだけでもなかなか大変だと思うのに、彼女が望んだことではありますが、結果的には引退させてしまうわけですから、まだ若い俳優だった友和さんにも、その風当たりに堪えるかなりの決意が必要だったのではないかと私は思ってしまいます。

 しかし、友和さんはそんなそぶりも感じさせず、ラストコンサートを終えて劇場を出る彼女をエスコートする姿には、長年彼女のそばにいた静かな信頼感が溢れていました。もう誰もが「お幸せに❗」としか言いようがなかったのです😭💙。

 

 今のように、SNSとかで無責任な発言が誰でもできて、短時間に広まってしまう時代ならどうでしょうか。いやそれでもやはり「お幸せに❗」となったと思います💚。外野の雑音など、彼らに届く隙間はありません。

 ましてや、ありがちな、実力のある大スター⭐なのに、引退して家庭に入ってしまうなんて女性差別を助長する…なんて視野の狭い低俗な反応は全く賛同を得られず一蹴されることでしょう。

 なぜなら、周りの様々なことに惑わされず、自分たちの生き方を自分たちで決めたのですから。それほど、二人は輝いていましたから🌟…。

(今日は11月22日、いい夫婦の日です。15年間ずっとベスト夫婦賞は、三浦友和、百恵夫妻で殿堂入りだそうです❗さもありなん(笑)🙆)

 

◼️記憶を記録

 ラストコンサートのLP(懐かしい響きですね)を、私は当然持っています。カセットテープも持っていますが、どちらも聴くことができません。レコードプレーヤーもカセットデッキ📼もあるにはあるんですが、普段使いしていないので、原盤が傷むのが怖くて聴けないのです。

 いつかもう一度聴きたいと思いながら、はや30年以上が過ぎ、それでも諦めきれずにいると、ある日DVDを新聞広告で発見したのです。即日申し込み、購入。

 しかし、いかんせん画質が悪くて、今の4Kテレビで見ても当時のようなイメージでは見えなくて、少し残念な思いがしました。

 それでもある程度満足していたら、なんと今年10月5日テレビで鮮明映像に再処理されて放映され、美しい映像で録画することができたのです💐。もちろん我が家では永久保存版です❗

 

 41年たって、ラストコンサートが再放送される…「山口百恵」とはそういう存在なのです。私のように同じ時代を生きた60代の人間が、思い出として見ただけではなく、若い人が親から聞いて、またテレビの特番で知って(70~80年代の歌の上手い歌手第一位という番組もありました)、カラオケ🎤🎶で知って…と様々なきっかけで、この番組を見たのでしょう。今、「山口百恵」なのです‼️

 

2,なぜ「山口百恵」は引退したのか❓

 私の勝手な思いです。彼女には怒られるかもしれません(笑)😄。でも今まで同じ41年を生きてきたファンの一人の呟きとして大目に見てくれるでしょう(笑)😆

 

▼同年代のスター⭐たちの今

 「山口百恵」の同年の歌手には、「花の中1トリオ」から「花の高3トリオ」まで、ずっと3人で活動することが多かった森昌子桜田淳子がいます。

 彼女らは企画としてトリオと呼ばれてはいましたが、高2ぐらいからそれぞれの道を歩むことが主になり、高3で解消しました。

 同時期、男性歌手は郷ひろみ野口五郎西城秀樹が、同じように「御三家」と呼ばれて活躍していました。日本人は3が好きですね(笑)。

 森昌子は言わずと知れた演歌の大御所となり、同じく演歌歌手の森進一と結婚し、離婚。最近芸能界を引退しました🌸。

 桜田淳子は、一世を風靡した可愛い系アイドル。演技力に定評があり、ドラマにも多数出演していましたが、さる宗教団体の広告塔のようになり、信者と結婚し引退しました🌻。

 また、岩崎宏美石川さゆりも同年。二人は現役の実力派歌手として現在も活躍中です🌷。

 少し年上には、小柳ルミ子麻丘めぐみ天地真理あべ静江がいます。小柳ルミ子は歌手として舞台で活躍中のはず。麻丘めぐみは通販番組でときどき見ることがあります🌼。

(そして、少し年下が、松田聖子中森明菜の二大巨頭のあの時代になります。ただし、彼女らが脚光を浴びたのは、「山口百恵」が引退してからです。)

 彼女たちが20代の前半だった頃、「山口百恵」が、トップスター⭐で、絶頂期に突然結婚、引退したわけです。イメージできましたか?☺️

 

 彼女と同じ時代を生きたスター⭐たちの現在を思い起こしてください。私と同様にもう還暦を過ぎています。若い頃はどんなに顔もスタイルも美しく歌が上手な人であっても、やはり歳には勝てません。

(失礼なことを言って申し訳ありませんが、イメージが✕✕✕✕、何でそんなに✕✕✕✕?…と思ってしまう人も残念ながらいます。)

 しかし、中には、今もなおその輝きがほとんど変わらない人もいます。その人は、昔と同じ美しさを保っていると言うより、年月の蓄積が内面の深みを増し、たゆまぬ努力によって、また別の魅力を備えてきた本当の芸能人なのでしょう💐。

 私のような一般人には、一世を風靡した芸能人には、いつまでも綺麗でいて欲しい。歳を取るのは仕方ないけれど、芸能人でいる以上、やはり輝いていて欲しいと思うのは、勝手なわがままなのでしょうか(吉永小百合のように、余貴美子のように、年齢がまた別の美しさを重ねて素敵な歳の取り方をしている女優さんもいますよね)。

 

 そういう芸能人という存在の意味を、彼女はよく知っていたのではないかと思うのです。芸能人は、「一恵」の歌詞にあるように、一般人にとってはまさしく「夢」なのです✨。

 芸能人というものの「刹那の魅力」と、その「永遠の宿命」を、誰よりも深く知っていた彼女は、自身の絶頂期に消えることによって、自らの記憶をラストコンサートの時のまま、私たちの心に最高の状態で刻み付けることに成功したのです。その記憶は生涯色褪せることはありません🌺。

 

▼「山口百恵」のセオリー

 「世の中の全てのものも考え方も、変わらないということはない。常に移り変わっていくものなのだ」…これは、「平家物語」のテーマ、「諸行無常」であり、いわゆる「無常観」というものです。

 彼女が本当にそう思ったかどうかは定かではありませんが、私には「無常観」というものの本質を知っていたように思えてなりません。

 21歳の今が芸能人としては一番美しく、今の人気が絶頂であること、絶頂なら後は下るしかない運命であること、それを理解した上で、ファンにとって最高の状態をキープしてあげたい…そう思ったのではないでしょうか。

「ファンを悲しませる結果を選んだ自分の、これが最後のファンサービス」とも思ったのかもしれないと、熱烈なファンの一人として私は思うのです🙆。

 

 もう一つの彼女のセオリー、それは「自分の人生で一生を懸けて大切にすべきものは何なのか?」という命題の答えです。

 彼女はあまりにも早くその答えを見つけてしまいました!その答えが、芸能界以外に見つかってしまったのです。もちろんそれは、三浦友和さんへの愛を成就させること💜。

それが芸能界と両立させることは困難であること、自分の性格では曖昧な両立を良しとしないことなど、答えだけではなく必要条件も、彼女は自覚していたのではないかと思うのです🌟。

 

「母にもらった名前通りの 多すぎるほどの幸せは やはりどこか 淋しくて 秋から冬へ 冬から春へ 一つの愛を 追いかけた🎶」という「一恵」の歌詞を、やはりここでも思い出してしまいます。

 

 彼女は決意しました。全勢力を、彼との愛を成就させ、幸せな家庭を築くこと、俳優としての彼を支えることに捧げようと。

そこに自分の人生を懸ける意義を見いだしたのです。他のことは、全てそれの価値に及ばなかったということです。そこに、小気味いいほどに潔い、一人の女性の生き方を見る思いです…。

 

 やはり、一回では半分も書けませんでした。続きは次回に回させてください。

次の第21回目も

 「『山口百恵』伝説から神話へ」そして…その2

  第22回目は、

 「海外へ行けないなら、沖縄へ行こう❗」を予定しています。

書いているうちに、知らず知らず「一恵」を歌っていました。それも大声で(笑)❗芹沢マリリンでした🎵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.19『夢』って不思議⁉️その3

 さて、前回もまたまた調子に乗りすぎて予定まで行けなかったので、今回も同じテーマでは最終回ということになります🙋。骨子は以下の通りです。

 

1,なぜ人は「夢✨」を見るのか❓→前々回で済み

2,過去に見た不思議な「夢✨」(一部は小説風に)

◆続きを自分で作った「夢✨」→前々回で済み

◆空を飛ぶ「夢✨」はしんどかった…→前々回で済み

◆疲れたときに見る「夢✨」→今回はここからです。

◆恐ろしかった「夢✨」

3,「夢✨」の不思議⁉️→順序を変え、前回で済み

 

 それでは、今回でこのテーマについて全てをお話できるように論を進めていきたいと思います。

2,過去に見た不思議な「夢✨」の続きからです。

◆疲れたときに見る「夢✨」

 最近は何故か見なくなりましたが、40歳代までは頻繁に見ていた「夢✨」があります。その「夢✨」を見ると、あぁ、自分は疲れているんだなぁ、今日はちょっとゆっくりしょうか…と思ったものです😓。

 「夢判断」の項目にも挙げられているということは、そういう人が多いということなのでしょう。そう、疲れたときに決まって見るのは、「歯が抜ける夢🦷」です👽。

 「夢判断」のサイトには、「上の歯が抜ける場合」とか「下の歯の抜ける場合」などという項目に分かれていましたが、私の場合は、ほんの数分の間に全部の歯がきれいに抜けてしまうのです😱。

 

 ちなみに私は、めっぽう歯が丈夫な方です。歯並びもいいし、幼い頃から親不知を抜いた時以外は、歯医者に行ったこともありません。

 性格上、思いっきり強く歯を磨くし(あまり良くはないそうですが)、仕事に行っていた時も、1日3回の歯磨きは欠かしませんでした。

 ゆえに、普通の生活で、乳歯以外、歯が抜けるという経験をしたことがないのです。奥歯に一箇所アマルガムを詰めてあるのですが、いつどのようにして治療したのか全く覚えていません。

 また大学時代、一年間ほど歯医者のアシスタントのアルバイトをしていましたが、歯を抜くときに泣きそうになっている中年のおじさんを見て、心の中でファイト!と応援していました(笑いをこらえて)。

 それほど歯の治療は、自分とは無関係の事象だったのです(自分の親不知も授業の2時間空きの時に時休を取って抜きに行きました😄)。

 

 では、そんな私に恐怖を与えた「歯が抜ける夢」を再現してみますね!

 まず、前の方の歯(上の場合も下の場合もあり)が1本、抜けそうになっているのに気づきます。林檎をかじった時とか、硬いお肉を噛んだ時とか、食事の時に気づくことが多いです🍎。

 ぐらぐらしている歯を歯茎に押し込んだりして、「なんとかならんかなぁ…。」としばらくじたばたしますが、とうとうポロリと抜けてしまいます😥🦷。

 前の歯が抜けるというのはごまかしが効きません。そこで私は考えます。「とりあえず明日はマスクをして仕事に行こう。まず朝一で歯医者を予約して…。」

 そうこうしているうちに、嫌な予感が。奥歯の噛み合わせが上手くいきません。あちこちの歯が不気味に揺れているのに気づくのです。

 「あかん、一刻も早く歯医者に行かんと!仕事休むのが大変やなぁ。自習課題どうしよう…。」…この辺りで、もう十本ぐらい抜けて出てきます🦷。

 吐き出した歯は、虫歯もなく白くてきれいなままで、歯根までスッキリV字型が美しく、血液も出ません(それがまた不気味)。

 そしてまもなく最終段階、口の中一面に、ごわごわとした違和感が広がり、奥歯まで全部抜けた感がして、口の中が抜けた歯でいっぱいになってものも言えなくなるのです😰❗

  私は泣きそうになって、「あぁ、総入れ歯~!」…ここからは本当にホラー映画のようです。洗面器いっぱいに、あり得ない数の歯がぞわぞわと抜けてくるのです。万事休す😱❗

 …この最悪の状況から抜け出すためには起きるしかありません。きっと何かのきっかけで起きるのですが、この辺りの記憶が恐怖のために曖昧で、気づいた時には起きているというパターンです。

 そして、ほっと胸を撫で下ろし、ガシガシと歯を噛み合わせて無事であることを確認します。そして、何が原因でこんなに疲れているんだろうと自分を振り返るのです🌈。

 

 もう一つの「疲れたときに見る夢」は、「髪の毛」に関する「夢✨」です。髪の毛が抜けるのではありません(これも60代になった私には、にわかに恐怖になりましたが(笑))。もっと怖いです!髪の毛が口から出てくるのです❗ひぇ~! 

 口の中に砂が一粒入っただけども嫌ですよね。なんでこんな小さい物が…と思うくらい小さな異物でも、口の中に入ったときはものすごい違和感ですよね。💋

 髪の毛が1本口に紛れ込んだだけでも、その違和感たるや、そのままにすることなんて到底できませんよね。上顎とか歯茎にへばりついた髪の毛をなんとかして取ろうとします。たとえ1本でもです。(そう思うと、口の中って敏感ですよね!だからkissっていう行動があるのかなぁ(笑)💋)

 この「夢✨」の場合も、1本の髪の毛をなんとか取ろうとすることから始まります。ところがどうしても取れません。不快な気持ちがいや増しになって行きます。

 そのうちに、1本ではないことに気づきます。もう口の中が気持ち悪くてたまりません(お食事中の方、ごめんなさい🙏💦)。

 やっと髪の毛が掴めると、当然取り出そうとします。口から引っ張り出した髪の毛は、そのときにはもう1本や10本ではなく、2、30本ぐらいがよりあわされて太い紐のようになっているのです❗wow!

 更に取り出そうとして引っ張るのですが、長くて長くて、いっこうに抜け出てきません。髪の毛の終わりがないのです!引っ張り出した髪の毛は、恐ろしいほどに真っ黒で、膝の上にとぐろを巻き始めます😱。

 その頃になると私の場合は、なんとか起きることができるのですが、人によっては、髪の毛の束が綱引きのロープのように太くなって、両手で掴んで引っ張り出す…という、ある意味「猛者」のような話を聞いたことがあります❗ひぇ~!まさしくホラーです💥❗

 しかし、抜けた後は、乳酸が溜まって凝った筋肉の筋が抜けたようにスッキリするそうです❗(良かった‼️😆🎵)

 私に影響されて、同じような「夢✨」を見ないことを祈ります。ま、「夢✨」は覚めますけど…。

 

◆恐ろしかった「夢✨」~このテーマに関しては、再度小説風に書いてみようと思います🙋。

【帰り道がなくなる❗】

 先に行く父の背中を見ながら、小学5年生の私はその歩幅をきっちり2歩分に変換して後をついて行く。久しぶりの磯遊びは本当に楽しい。

4月の太陽は、暑すぎもせず、帽子がなくても平気だ。おまけにお天気がいいから、磯に着いた朝は少し寒かった半袖も、昼近い今だと丁度いい🌞。

 もうすぐ、バイ貝🐚とこの辺りでは呼んでいる貝が密集している目的の磯に着く。この貝は3㎝ほどの小さな貝だが、家に持って帰ってお茶っ葉をを入れて茹でると私の大好物になる。

巻き貝の蓋になった薄い膜を取って、針を使ってクルクル回しながら中の身を抜き出す。茹でられて茶色く固まった貝の身は、海水のほどよい塩味も相まって旨味の塊だ!

母は、この貝の身を酢味噌和えにしたいのだが、私は身を抜く度に我慢できなくて食べてしまうのでいつも叱られる。

 足下に気を付けながら、岩場の亀の手やイソギンチャクの上を進む。ビーチサンダルはもちろんのこと、膝まで海水に浸かることもあるが気にしない。

水はどこまでも澄みきって、底まできれいに見渡せる。少し深くなった潮溜まりには、刺されると痛い行灯クラゲや、15㎝はあろうかと思われる、煮付けにすると美味しい魚🐠までが、悠々と群れをなして泳いでいるのが見える。

澄んだ海水を通して、ほとんど天頂に来ている太陽に照らされた魚の影が、くっきりと水底に映っているのも見えた。

 ふと父が少し大きめの岩に波が打ち寄せる角を曲がって(波が引くタイミングを計って)、向こう側に消えた。目的地はそこだ!目の前の岩の向こう側にある。

少し波が荒いがこんなのは慣れっこだ。もしも服が濡れても、帰るまでには乾くだろう。

  岩場の角を曲がると、もう貝の群れを見つけた父が手を振る。父は大人だから試しに2、3個採るだけだ。私は勇んで父が示す場所にしゃがみ、腕を潮溜まりに突っ込んで貝を採ってはナイロン袋(いつもは水着が入っている)に入れる。

 夢中になって採っていたら、いつの間にか太陽が西に傾き始めた🌅。お昼時は少しぐらい遅くなってもかまわない。潮溜まりを3回ほど移動したら、袋はいっぱいになった。

殻から出した貝の身は、小鉢一つぐらいのものだが、これぐらい採れば少しぐらいつまみ食いしても怒られないだろう。

 

 「もう帰ろう!」と父に言おうとして、後ろを振り返った時だった。思いがけず大きな波が、岩場に立つ私を揺らした!かろうじて転ばずに耐えたが、後ろの(海の沖の方の)風景が、先ほどまでとは様変わりしていることに初めて気づいたのだった🌊。

 大丈夫、父がそばにいるはず…と気を取り直し、細い首をめいっぱい回して父を捜したが、どこにも父の姿はなかった。「お父ちゃん!」「お父ちゃ~ん!」何度呼んでも返事がなかった。

 叫ぶ自分の口の中に波のしぶきが入って潮の味がする。「落ち着け!落ち着け!」私は自分を励ましながら、周りを見回した。

 父はもう先に浜に戻ったのだ。貝を採るのに夢中になっていた自分は、その父の声を聞き逃したに違いない。とにかく戻ろう!

…そう決意した私は、来るときに回って来た岩場を、今度は逆向きにその角を(今では波に洗われて、見える部分が半分以上海水の中だったが)回って反対側に出た。

 ところが、そこから先がないのだ!確かに亀の手が密集した岩場があって、それを通って来たはずなのに、今ではその道は海水の中に没していて、波がさんざんに打ち寄せている🌊。ゆらゆら揺れる行灯クラゲの群れが、その道の上に当たり前のように揺らめいている。

 透き通った水ゆえに、その深く蒼い水底までがはっきりと見える。光は屈折するから浅く見えがちだが、そこはもう自分の背丈を超す深さになっていることを、私は経験から知っていた。

自分が歩ける所は、もう深い水の底、左側の岩の壁は垂直に切り立ったようになっていて自分には登りようもない。

 それまではなんとか思考の外に追いやろうとしていた恐怖が、紛れもなく現実のものとなって自分に襲いかかって来るのを、今やはっきりと感じていた。

 早くしないと自分が今立っている岩場も海水に沈む。こんな岩場で流されたら助からない…。こうなったら猛毒の行灯クラゲの群れの中に飛び込んでいくしかない。

 私は、やむなく覚悟を決めたが、あまりの恐怖に、それまでかろうじて抑えていた涙腺が、一気に緩んで涙が溢れてきた。波しぶきなのが冷や汗なのか涙なのか💧、私の顔はぐしゃぐしゃになり、ひっきりなしにべそをかいて喉をひきつらせた。

 怖がっている場合じゃないんだ…死にたくない!私は、恐る恐る足を踏み出した。思いがけず水が冷たい。足が着かない。私の足先は、虚しく海水を掻き続けるしかなかった。

 4月の海は、やはりそれほど優しくはなかったのである…。the end

 

 

【どうしても学校に行けない❗】

 「なんでこんな時間⁉️」私が起きた時にはもう7時を過ぎていた。いつも乗る6時55分の電車にはもちろん間に合わないが、次の7時40分にも間に合うかどうかわからない。「ちっ!」と舌打ちして、それでもなんとか飛び起きた。

 父も母も、もう出かけていない。「こんな早くから、どこへ行くって言ってたっけ?」最近は、話しかけられても上の空だから聞き逃したのだろう。記憶にはないが、いないものは仕方ない。

 つまり、文句を言う相手も、車で送ってくれる人もいないということだ。

 朝食なんてもちろんいらない。走ればなんとか次の電車には間に合うだろう。私は覚悟を決めて着替えようとした。

「えっ!」目を疑った😓。いつものハンガーに掛けてあるはずの制服がない!今日から衣替えだから夏服を昨日掛けたはずなのに…。

 仕方がない、冬服でもないよりましと、クリーニングに出すために紙袋に入れていた冬服を取り出す。まずいことにシワだらけだ。どうせクリーニングに出すからとぞんざいに扱ったバチが当たった。

 アイロンをかける時間なんてあるわけがない。シワのついたまま袖を通した。暑い❗私の他にも間違えて冬服の人が一人や二人、いないことはないだろう。しかし、暑い❗暑くてイラつく😒💢

 部屋から出ようとしてまたもや「えっ!」と我が目を疑うしかなかった。今度はカバンがない😰!「いったい何なん?」声に出して叫びながら、部屋中を探し回った。

クローゼット、ベッドの下、押し入れ、布団の間…、どこにもない。「まさか、玄関に置きっぱなし?」さすがにそれはなかった。が、カバンは依然として見つからない。

 「ま、いいか。置き勉してるし…」胸ポケットに、とりあえず机の上に散らばっているシャープペンと消しゴム、赤いポールペンを押し込んだ。

 「こんなのは正気の沙汰じゃない❗」と妙に神妙に考えながら、冬服に手ぶらで階段を転がるように降りて玄関に出たが、またもや立ち止まるしかなかった。しかし、その時はさすがの私にもなんとなく予感があったのか、「やっぱり…。」と思っただけだった。靴がない…😱。

 「誰かの陰謀?それとも『世にも奇妙ななんとか』?…。」いい加減考えるのももどかしく、適当にその辺りにあったスニーカー👟を履いて玄関を走り出た。「通学用の革靴より走りやすいやん!」と負け惜しみを言いながら…。

 息を弾ませて走った。幸か不幸か、手ぶらにスニーカーだから走りやすい!駅に着いた!時間はまだある。私の学校より近くて遅い時間に乗る他校の生徒と一緒になってしまった。面倒くさい…。「どしたん?なんでこの電車?カバンいらんの?」ほら来た。中学時代のクラスメートだ。

 適当に受け流していたが、さすがに「顔変やで!髪の毛ボサボサやし。」と言われた時にははっとした。まずい❗私としたことが!顔も洗ってないし歯も磨いてない。自慢のロングヘアーは寝起きのままだ!、

 私はトイレに駆け込んだ。誰が見ているかわからない。どんなときでもせめて顔と髪はきちんとしなくちゃ!私は急いで顔を洗い、口をゆすぎ、ブラシなど持っていないので、かろうじて水道の水で寝癖だけを押さえた。

 「これで良し!」とりあえず納得してトイレを出ようとした。その時だ!場所が、場所だけに、にわかに尿意をもよおしてしまった。そういえば朝からトイレに行っていない。まだホームの放送も聞こえないから大丈夫だ。

 意を決して私は個室に入った。考えられない早さで用を足し、個室を出ようとした時だった!ドアが、開かない❗🚪押しても引いても、何かが引っかかったのかドアは開いてくれなかった…。無情にも電車の近づく旨の放送が聞こえる…。

 ようやく、ドアを持ち上げるようにして開けて外に出た時には、誰もいなくなったホームが初夏にもかかわらず、寒々と横たわっているだけであった…。the end

 

 

 最後に、思いがけない人が出てくる「夢✨」を見ることがあります。普段忘れていたり、意識の陰に隠れていることが、なんの前触れもなく突然、「夢✨」に現れることがあります。

 もしも、それが思い出したくないことだったり、忘れなくちゃいけないと思っていることであるなら、ある意味、自分の深層心理を知るきっかけになるかもしれません。

 心の奥底で、本当は忘れたくない思い出であったり、逢いたくてたまらない人なのかも知れません。記憶の宝箱を本人に無断で開けてしまう、「夢✨」って本当に不思議⁉️

 

次の記念すべき第20回目は、

  「『山口百恵 伝説から神話へ』そして…」

第21回目は、

  「海外に行けないなら、沖縄に行こう❗」

を予定しています。

昨晩は、どんな「夢✨」を見ましたか(笑)❓

私は「どうしてもアメリカに行けない!」っていう「夢✨」を見ました(笑)❗芹沢マリリンでした🎵

 

 

 

 

No.18『夢』って不思議⁉️その2

 ブログを始めて、毎日時間を見つけてはパソコンに向かっています。前回までで調べてみると一回のブログにつき約6000字、400字詰め原稿用紙だと約15枚書いていることになります🙋。

 前回が第17回ですから、合計102000字。原稿用紙255枚書いたことになります。自分でもびっくり❗私が出版した2冊の本📗のどちらよりもたくさん書いていることになります❗ブログって凄いですねぇ‼️

 

 さて、前回も調子に乗りすぎて予定まで行けなかったので、今回も同じテーマの続きということになります。骨子は以下の通りです。

 

1,なぜ人は「夢✨」を見るのか❓→前回で済み

2,過去に見た不思議な「夢✨」(一部は小説風に)

◆続きを自分で作った「夢✨」→前回で済み

◆空を飛ぶ「夢✨」はしんどかった…→前回で済み

◆疲れた時に見る「夢✨」→今回本当はここからです!

◆恐ろしかった「夢✨」

3,「夢✨」の不思議

 

 それではまた、調子に乗って書いていこうと思います(笑)。本来は、上記の順で論を進めていくべきなのですが、都合で 3,「夢✨」の不思議 を先に述べさせてください🙋。

2,の続きは、次回に回させていただきます🙏。

 

3,「夢✨」の不思議

平安時代の「夢✨」との違い

 私はもと中学校の国語科教師なので、平安時代の和歌の学習の時に、よく上記のテーマで授業をしました。有名な小野小町は、多くの「夢✨」が出てくる和歌を残しています。

 それを参照して、「夢✨」に対する考え方の現在と平安時代の違いを述べてみようと思います。

 結論から言うと、現在は、AさんがBさんの「夢✨」に出てきた場合、BさんがAさんのことを思っているからだというように考えるのが普通だと思いますが、平安時代は全く逆。AさんがBさんを思って「夢✨」に出て会いにくる…と判断するのです。

 逆に、「夢✨」に出てこない場合は、次のようになります。AさんがBさんの「夢✨」に出てこないのは、現在なら、BさんがAさんのことを思っていないからだと考えますよね。

 ところが、平安時代は、AさんがBさんを思っていないから「夢✨」にも出てこない…というふうになります。

 だからBさんはAさんに「どうして夢に出てきてくれないの?裏切ったわね!」と切れることになります(この辺りを授業すると、現代の中学生は、「そんなん、知らんし…逆恨みやん💥!」と反応するわけです(笑))。

 つまり、平安時代の方が「夢✨」に対して特別に神秘的な、(どこでもドア🚪的な)ワープ装置という価値を見いだしていたということです。

 女性は、自由に出歩けない上に、スマホ📱もパソコン💻もない時代ですから、愛する人に逢いたいという思いは、今よりもっと切実だったからかもしれません。もしかすると、今よりずっとロマンチック❤️⁉️

 

 では、その時代背景を考慮した上で、下記の3つの小野小町の和歌を和訳してみましょう!

●「思ひつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢としりせば さめざらましを」

~(あなたのことを思って寝入ったら、あなたも私のことを思ってくれていたのね。夢に出てきてくれたわ。あぁ、それが夢の中で夢だとわかっていたら、覚めないでいたのに。残念だわ、覚めてしまって…。❤️)

●「うたた寝に 恋しき人を 見てしより 夢てふものは 頼みそめてき」

~(うたた寝をしていたら、あなたが夢で私に逢いに来てくれたの。あなたの愛を知ったから、あなたに逢える夢というものを頼りにするようになったわ。💚)

●「うつつには さもこそあらめ 夢にさへ 一目をよくと 見るがわびしき」

~(人目を避ける間柄だから、現実にはそういうこともあるでしょうけど、夢でさえ、人目を避けて出てきてくれないというあなたの様子に、私への愛が無くなったということがわかるから寂しいわ。💜)

 

…なんだか、切なくて素敵ですね❗🌈

 

◆夢判断、夢占い

 ネットで上記の二つのワードで検索すると、本当に次々と記事が見つかります。いかにたくさんの人が「夢判断したい」「夢占いしてみたい」と思っているかがわかります。

 ただどうしても広く一般大衆に当てはまるような、どうとも取れる内容のものが多いように思うのです。

「暗示」というか「示唆」というか、それを見る人の精神状態でポジティブにもネガティブにも取れる、変幻自在…という感じがします。

 だからどれも、それをみた人にとっては正解で、信じようとするのでしょう。ゆえに、いっそそれを逆手にとって、自分発見のための一つのツールとして捉えてはどうかと思うのです🙋。視点としては次の通りです。

 

▲自分の現在の精神状態が反映されていると思って見る👀。

▲「夢判断したい」「夢占いしたい」と思う原因が、自分の今の状態にあることを自覚して見る👀。

▲できればネガティブではなく(そういう結果の場合は逆手に取って)、ポジティブな結果を重視して見る👀。

 

 「夢判断」「夢占い」もこういう見方をしてみると、気づかなかった自分の別の側面に気づくことがあるかもしれません。

 そうやって自分を客観視する機会を持つことは、この迷いの多い現代社会の中で冷静さを取り戻すために必要だと思うのです。「夢判断」「夢占い」は、あくまでもそのきっかけの一つに過ぎませんが…。

 

 ここで、実際に「夢判断」を自己分析に活かしていく考え方の例を、占術研究家マリィ・プリマヴェラさんのサイトから少し紹介します。🌺

 

例1 殺す、殺される「夢✨」を見るのは、事態の好転というラッキーな吉夢らしい。

(殺すというのは、積極的に幸運を呼び込む行動力に溢れた状態であることを表し、殺されるというのは、勝手に他人から幸運が舞い込んでくるという良い状態に自分がいるということ)

→怖い「夢✨」だけど落ち込む必要はない。現状の中に幸運があるはずだからそれを掴もう❗

 

例2 落ちる「夢✨」を見るのは、理想や目標が高過ぎて自分に自信がなく挫折しそうなときに見るらしい。

(目標を見誤っているか、やり方が間違っている場合があるので、現状を正確に分析し直す必要がある状態に自分がいるということ)

→自分の目標やその実現方法を再点検して改善していこう❗

 

…ね!ポジティブでしょ!🙆。結局は、どんな怖い「夢✨」でも、受けとり方によってなんとでも取れるということです。いろいろな見方があるんだから、くよくよせず、明るく生産的な方向に自分を持っていきましょうよ❗

 

 

ドリームキャッチャー

 私は何十年も前に大阪吹田市万博公園国立民族学博物館、通称「みんぱく」で「ドリームキャッチャー」なるものを購入したことがあります。

 私はこの博物館が大好きで、数えきれないほど行きました。ここのミュージアムショップで本📗もよく求めましたが、「ドリームキャッチャー」以外にも、悪夢を見ないおまじないグッズなどをよく買っていました。

どうやら、私はずっと以前から「夢✨」に興味と一種の恐れを感じていたようです😓。

 また、「夢✨」に関する様々なグッズが世界中に存在していることを考えると、いろいろな民族が「夢✨」にある種の畏敬の念を持ち、非科学的ではありながら、「夢✨」の謎の大きなパワーがあることは周知のことであったということになります。

 

 「ドリームキャッチャー」についてネット検索すると、次のように書いてありました。

北アメリカ大陸北部の少数民族オジブワの伝統的な魔除け、装飾品。柳の枝を曲げた輪に糸を張って蜘蛛の巣に見立て、悪夢を捕らえ防いでくれるよう願った。」

 

 その形状は、丸い輪の中に魚を捕る網のような編み目があり、そこから下に3本の紐に付けた鳥の羽を垂らしている…という感じでしょうか。大きさはいろいろありました❇️。

 

 それが悪夢を防ぐ行程は、ネットによるとこうありました🌠。

「悪夢は、編み目にひっかかったまま、夜明けとともに消え去り、良い夢だけが編み目から羽を伝わって降りてきて眠っている人の元に入る。」

 

 なるほど、だからこういう形なのね…と納得!ただ、現在はアクセサリーとして余分にいろいろな飾りを付けたものが出回って、その意義についてあまり考えずに身につけている人や飾り物の一つと誤解している人もいるようです。ゆえに、

「最も伝説的なインディアンやその支援者からすると、神聖なものなので、アクセサリーとして世界各地に広まるのを良しとしない」…ということだそうです。こういう呪術的な物は、雑に扱ってはいけませんね😄。

 

  今回は、一度まとめてみたかった「夢✨」について、いろいろ考えました。「夢✨」には科学で解明できることと、科学を超える意味とがあるように思います。

 

 最後に、私には見たい「夢✨」があります。私の「夢✨」には、一年半前に亡くなった父がまだ出てきてくれません。実家を出て独立していた私は、病気の父の看護を入院していた、たった2ヶ月しかしていません。

 もっと長く看病してあげたかった、もっと長く一緒に居たかったと今でも思います。父の亡骸の横で二晩添い寝しました。その時も、「夢✨」は見ませんでした。いつ、私の「夢✨」に出てきてくれるのでしょうか…。

 

次の第19回目は、「『夢✨』って不思議⁉️その3」

  第20回目は、

  「『山口百恵 伝説から神話へ』そして…」💐を予定しています。またまた意外なテーマですか?山口百恵さんと私は同い年です(笑)❗芹沢マリリンでした🎵